先日の同窓生のS君との再会もそうなのだけれど昔の同窓と再会していつも思うのは、同じ場面、同じ空間を共有していても、記憶として残るエピソードは、人それぞれで、数十年前の共有していたはずの経験・・・とはいっても相手から思わぬ指摘を受けたり、こちらの鮮明な記憶が、相手にはこれっぽっちも残っていなかったりと・・・そのすりあわせがこれまた楽しい。 ある意味、そんなことは日常茶飯事で、現在進行形であったりするのだけど、「2000年のクリスマスイブ」 の約束のことが、何故か、S君の記憶に残っていて、時系列的に思い起こしていても、いつ彼にそんなことを話したのか? どう考えても辻褄が合わなくて不思議な気分になったりもした。 考えてもみれば、多感な青春の一時期を共有していたとはいえ、その後、過ごしてきた長い年月に比べれば、ほんのわずかな時間でしかないことに気づかされるのだ。 10代後半のほんのひと時の甘いほろ苦い気分。
一期一会、この年になってつくづく思うことも、青春のあの多感な日々の前では、札幌の雪のように静かに切々と記憶の中で埋没して行ってしまう。そんな日々が許された時代。限りなく永遠に未来は、約束されていたし、今日やらなければならないことも、明日以降、限りない時間の中で、やり過ごすことも簡単に出来た。明日また会える。明日また話すことが出来ると・・・・。
「今度いつ会えるのかな?・・・」 そんな言葉が意味を持つのは、心の奥底でひょっとしたらもう会えない・・・と自分自身、予感するからに他ならない。そして事実、僕らは、数十年近くの時を経るまで、会うことが出来なかったのだから。
1970年代のあの頃、ビートルズはとうの昔に解散して、ジョンは、あと数年しか生きていられなかった時代。(そんな運命を誰が信じられたことだろう・・・) 2000年なんてずうっと夢のまた夢の想いだった時代。僕は、当時名古屋で悶々としていて、その後約1ヶ月のロシア(当時はまだソ連だった)経由のヨーロッパ一人旅にでることになる。たった1ヶ月余の旅ではあったけど、今から思うといろんな意味で僕にとって転機となる旅だったとつくづく思う。 横浜の埠頭からナホトカ号に乗船する前日、僕は、二俣川近くの友人宅に泊めてもらい、翌日、大桟橋で見送りを受け、長い長い旅に出た。 そしてその旅の途中、僕は、 自分との 「2000年のクリスマスイブ」 の約束をすることになるのだ。
北大のポプラ並木も何年か前の夏台風で、何本かが倒れて、今は再生木が整えられてきている。 札幌の駅もJRタワーが出来て以来、大きな百貨店も進出し、見違えるような景観となってきた。 2000年から過ぎること12年、道庁近くのホテルのロビーで、僕らは再会を果たすことになる。 17歳ではじめて会って、ほんの数年の油っこい多感な時代を共有して、こうして還暦をむかえたこの時代に僕らは、長い長い想いを越えてやっと再会を果たす。
今年のクリスマスイブも もうすぐやってくる・・・。
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