カテゴリー「創作・エッセイ」の38件の記事

2009年11月 7日 (土)

名短編ここにあり  (0350)

(No339)にも書いたけれど、本屋に行ってもなかなか気にいった書籍に巡り合えない。若い時のように手にとってあれもこれもとなかなか読む気になれないのだ。 作家にも食わず嫌いみたいな処があって、好き嫌いも年々激しくなりつつある気がする。

 「それじゃあ駄目じゃん。」 って春風亭昇太君のセリフが聞こえそうってなもんだ。

 で、それじゃあということで、他力本願。

 北村薫、宮部みゆき編(推奨)の「名短編ここにあり」を買って読み始める。半村良、城山三郎、小松左京、吉村淳之介、松本清張など錚々たる顔ぶれで、表題の通り、短編ながら読み応えがあった。 半村良なんて、「石の血脈」「黄金伝説」「産霊山秘録」など20代の頃、長編を読み漁って以来のお付き合い。 そんな出会いも楽しめるこの手の、「読書ナビ」 的な試みが、(従来からもあるにはあるのだけれど)もっと多くあると僕なんかは、非常に助かる。 朝日新聞の日曜の読書書評欄なんかもそうだけど。

 暦上の「読書の秋」は、初雪の訪れとともにそろそろ終わりだけれど、今日また、

 丸善で 半藤一利の「それからの海舟」を買ってきた。

 羅針盤は、なかなか定まらないけどcatface

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2009年10月12日 (月)

朝風呂のススメ  (0342)

 季節はずれの大型台風が去った後、札幌もめっきり冷えてきて、道東の峠あたりでは初雪の便り。一挙に晩秋のおもむきである。 久しぶりの休みで、朝から新聞を読み、軽い散歩をして、湯船にお湯をはる。

 朝から膝をぐっと伸ばしてお風呂に入るというのは、なかなかの贅沢である。 何も考えない、何も思い起こさない。 ただ、ぐっと足を延ばして肩までお湯に浸して、朝風呂に入る。

 これが湯治場だったり、観光地の温泉地だったら、なお良いんだけれど。

 それは言うまい。

 すっかりからだが温まって、ちょっぴり気になりだした、リアップで頭髪を数回、ノックして、庭に出て、愛猫に 餌をやり、Here comes The Sun を聴きながら

 読みかけの スティーブンキングの短編集を読む。

 こんな秋の日の朝を過ごせるのも 朝風呂の効用である。

 

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2009年10月 8日 (木)

コスモスの秋  (0339)

200910011250002_2  コスモスというと僕の頭にぱっと浮かぶのは、谷村新司と山口百恵だけれど、この春庭に植えたのが、満開になった。 この花、とても可憐なんだけれど、結構、想像以上に背丈が高く伸びて、たくましくもみえる。  異常気象なのか、9月下旬から10月上旬にかけて2階ベランダまでのツルを伸ばして夏の朝顔が、こんな時期に満開になるし、そんなことってあり?って感じの秋でもある。200910091150000_2_2 200910011250000_2

 ショッピングのポイントが貯まって、10,000円分の図書カードをGet。 食欲の秋でもあるし、読書の秋でもあるのだけど、なかなか今更、夢中になれる小説家にめぐり合えない。 これぞ!って単品で救い上げても、なかなか 「次」 に繋がらない。

 結局、 根気がなくなったんだな・・・とも思う。 何事にも夢中になれないもどかしさ。

 そろそろ冬タイヤの準備も必要なのだけれど、 「狂った秋」 に、冷めて、なかなか前に踏み出せないでいる。

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2009年9月18日 (金)

ノルウエイの森  (0332)

Nec_0880  1987年が初版だというからもう20数年前のことだ。僕は30代前半で長女がまだ小学校に上がる前くらいの頃だ。 「1Q84」 がついこの間、発売されて、書店がひどい騒ぎとなり、ノーベル文学賞の候補もはや、還暦を迎える。

 清田のコチャンフォーに行って、それこそ20数年ぶりに、「ノルウエイの森」上下巻を買う。2冊で1,028円。 さすがに文庫本だと安い。 シタールの幻想的なイントロで始まるビートルスの楽曲とともに、当時は、単行本だったけれど、それが僕と春樹さんとの出会いだった。

 久しぶりに読み直してみる。 直子とレイコさんと僕。 書き出しの第1章を読むだけで、誰もがそうなのかもしれないけれど、その想いに似た「僕」自身の物語の事を考えてしまう。どれだけ時間がとれるのかは、わからないけれど、明日からの奥飛騨への旅バッグの中に入れていこう。 平湯温泉に泊まるのだけれど、高校時代の林間学舎に立ち寄ってみるのも楽しみの一つ。 上高地も遠い記憶の彼方から舞い戻ってくるような懐かしい地名だ。

 時が流れ、時代も変わって、僕も歳をとった。 人のこころも街の風景もすっかり変わってしまった。 「2000年のクリスマスイヴ」 もしまい忘れたアルバムのように行方不明で、赤と緑のベストセラーのようなわけにはいかない。

 

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2009年9月12日 (土)

チェンジ!  (0329)

 ここ数週間、ブログの書込み数が激減しています。 出張が続いていたり決算月で、何かと落ち着かないなどと言い訳はいっぱいあるのだけれど、選挙も終わって、何となく国の形もありようも、それ以上に予算の組み立てと執行の仕方が大きく変わることを期待したい。 異常なほどの長期政権でさすがの自民党もその政治手法、人材とも膿んだのだ。 一度出直せば良い。

  政権政党だからというだけで自民党員だった議員さんは、野党に下ってからこそ、その資質が問われるだろう。 遊説演説を聞いていても自民党候補は、(とくに僕の選挙区では)なーんもわかってない。有権者をなめているとしか言いようのない演説に終始してた。一部の既得権益者の支持層にとらわれすぎて、大局がない。 しかも何十年も、政権とっててこの有様、説得力もなにもあるもんじゃない。 

 9回裏ツーアウト、ランナーなし、ダブルスコアで負け。こんな試合いつまで見るの?

 やっぱり新しい監督の下、新しいBest-ナインで、新しい試合をみたい。

 問題は、(新しい?)自民党ジャイアンツの顔ぶれだけど・・・・

 

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2009年8月30日 (日)

審判の日  (0326)

 

Nec_0829

40日間に亘るながーい 「選挙戦」 もいよいよ終わって審判の日を迎えた。 小選挙区制になって、やっと名実ともに政権選択の選挙戦となったわけだ。 細川政権の挫折を教訓として、真に与党と野党が政策を競い合うそういう時代を期待したい。 官僚政治、中央集権、制度疲労した国のしくみ、その象徴であった自民党を内からぶっ壊すという小泉さんの掛け声も結局、中途半端で、結局、今度は、外からぶっ壊さないといけない・・・ということなんだ。

 自民党(が、自民党のまま生き残るかどうかは別として)も、一度、下野することによってまさに 「近代政党」 に生まれ変われると思うし、今回、下されるだろう国民の鉄槌を真摯に受け止めて再出発してもらええば、それはそれで良いことだ。 長い長い惰性の中で、自民党のアンテナは錆れに錆れ、農業団体幹部の声は聞けども農家の声は聞かず、医師会の声は聞けど、診療者の声は届かず、経団連の声は聞けど、消費者の声は、聞かず・・・という有り様になってしまっていた。 医師会の声を聞いて駄目だと言うつもりはないけれど今まで余りにバランスを欠いた偏った声に耳を傾け、誤った政策判断をしてきたということだろう。Nec_0828

 それと一般生活者の実感があれほど乏しくては、まともな政策判断などできるはずもない。また政治家たるもの話す言葉の意味することも言葉自体も軽々しい。 2度も政権を放り投げた政党に今更、責任力だの政権力だの云ってほしくないし、なにより、ハローワークで絶望感を味わっている若者に、仕事に対する気構えのピント外れのうんちくを、上目目線で滔々とべらんめい調でいわれたくないし、一国の総理が、街頭演説で、「オレのツラをみて・・・云々・・」 などとあんたやくざかなんだか、そういうデリカシもないんだな。 民主党にも2世3世議員はいるけれど、権力を持ち続けていただけ、自民党のお世継ぎ議員はより堕落していたということだ。 

 昨日、所用があって近くの区役所に行ったら、階段の上り口まで行列があふれていて、何事かと先を追ってみたら、総選挙の期日前投票の行列だった。 未だかって、僕もこんな経験はない。 今日は、朝から投票に行って一日、「選挙を楽しもう」 と思う。

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2009年8月23日 (日)

夏の終わり  (0324)

Nec_0828  北海道の短い夏もはや終盤。 日曜の朝、近くの運動公園を散歩する。石狩管内の中学校のソフトボールの大会が行われていて思わず試合に見入ってしまう。 思えば次女が中学生時代、全道大会まで勝ち進み、あちこち追っかけをした頃を思い出す。

 空が澄んでぐっと高くなって、実りの秋がすぐそこまできている。 生育不良だった朝顔にかわってコスモスの花が道端のあちらこちらに咲き乱れて、夏の終わりとともに秋の気配を感じる季節になった。 Nec_0818

 選挙も近くなって、2009年の秋も近い。

 

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2009年8月22日 (土)

バス停にて  (0323)

Nec_0713 北広島駅から団地内には、中央通線と緑陽通線の2バス路線が走っていて、そのどちらも駅前を通って、Tの字のR中学校前で合流し山手6丁目バス停に繋がっている。 両路線とも通勤時間帯には、15分間隔で走っているので、早く来た方に乗れば良い・・・ということで結構、利用することも多い。 週末のウオーキングコースを駅まで歩けば、行きは下り、帰りは上りとなるけれど片道大体30分ほどの距離である。 昭和45年頃、道の方で造成された住宅団地で、緑地帯や地域公園も適度に配置され、サッカー、テニス、野球場と運動施設も多い。 そうはいっても普段は、車社会なので、めったに団地内バスに乗ることはないのだけれど、札幌で飲み会などがあると、利用することになる。 ちなみに料金は自宅最寄のバス停まで220円。

 団地内周遊バスは、大体が、JRの到着時間に連動してタイムトラベルが組んであるので、改札口をおりて、駅前のバスタッチまで向かう頃に、丁度、バスが入ってくるというパターンになる。 待っても15分と待たされることはほとんどない。(特段、間の悪い時間帯を除けばだけど)Nec_0712 Nec_0716

 そんな間の悪い時は、たまらずタクシーということになるのだけれど、自宅まで1,000円ちょっと。 ささやかな贅沢というべきか。

 

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2009年7月26日 (日)

灯りの無い夜のススメ  (0315)

Nec_0190  エジソンのおかげで、僕らはすごく快適な夜を過ごすことができるようになった。 いつものことだけれどその利便性を獲得したことで失ったものも実は多い。 車を所有して足腰が弱くなったり、携帯が普及して無二の親友の電話番号でさえ、頭の記憶領域から喪失してしまったように・・・便利にはなったけれど・・・というわけだ。

 最近、停電という経験をしなくなったけれど、僕のこどもの頃は、台風シーズンだとか雷が落ちたりすると結構、停電があって、やれロウソクだ懐中電灯だと大騒ぎしたものだ。そしてやっと見つけ出して灯したロウソクに、いろんな想いを重ねたものだった。 小さな頃、岐阜の山奥の母親の実家に行くと、古い大きな庄屋のような屋敷には、まだ電気を尊ぶような習慣があって、夕刻から夜が更けていく 「時」 の過ごし方に幼いながらも感慨にふけったものだった。今でこそ、煌々と灯る電気の下、時の暮れるのも気にせず僕らは暮らしているのだけれど、明治以前、ほんの数十年前まで、陽が暮れれば、それ相応の夜の暮らし向きというものがあったのだ。 昨今では、キャンプ場でもアルプスの山小屋でもカンテラでなくて、100ワットの蛍光管が灯る時代となってしまった。

 子供たちがまだ小さい頃、庭にテントを張って、夏の間だけ、テントで寝泊まりしたことがある。 不自由なこと、不便なこと、これまた楽し。 

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2009年7月 5日 (日)

久々の阿寒湖  (0307)

Nec_0634   釧路から北見へ移動中、お昼時に阿寒湖で食事を取る。 なかなか素通りはしても温泉街まで入るのは久々のこと。 そそくさと食事をして湖畔まで出てみる。 さすがに7月ともなると、観光船も運航が始まっている。 とはいってもこの景気、お昼時ということもあるのか アイヌコタンも温泉街も人影はまばら。  久しぶりに湖畔から見上げる雄阿寒岳もこころなしか手持ち無沙汰に見える。 それでも湖面から桟橋を駆け抜ける風は、北海道の初夏の匂いがする。Nec_0627 Nec_0638 Nec_0626

 20代の後半に北海道に転勤して、しばらくして帯広勤務になった。 渡辺淳一の 「阿寒に果つ」 の舞台となった釧北峠は、まさに阿寒湖畔を釧路から北見に抜ける峠に位置する。 何度、この峠を通ったことだろう。 その度に、その頃のことを思い出す。Nec_0628 Nec_0635 Nec_0631

 中の島公園の脇に数年前、「渡辺淳一文学館」 が、出来て、一度行ってみようと思いながらまだ行けてない。

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2009年6月27日 (土)

6月最後の週末  (0304)

 6月最後の週末で、朝から庭の芝を刈る。今週は月曜から蝦夷梅雨みたいな天気の悪い日が続いたのだけれど金曜から雲が晴れて気温もぐんぐん上がって、まあ、芝刈り機でできないところは当然、手作業にもなるのだけれど、2時間ほどで結構良い運動にはなる。きっちり刈った芝の上で、寝転んで広い空を見上げるのは、いつの時もとても気分が良い。なんだかんだ出張が続いたりして、春樹さんの 「1Q84」 も途中で 「ユリイカ」の「村上春樹」特集号なんかにも手を出したりしてるものだから、やっと上巻を読み終わったという状態だし、急いで買った割には、世の中、なかなかうまくは行かない。Nec_0534 Nec_0538 Nec_0560  

 6月のこの頃の我が家の庭の状態はというと、エゾ山桜、ライラックとツツジが咲き終わって、今は西洋シャクナゲと玄関前の赤いツル薔薇が、満開状態。来月頃からアジサイのつぼみがだいぶ膨らんであと数週間で開花予定。あと先月、ポット栽培から育てたコスモスは、家の法面に移植して順調に成育中。朝顔のツルも順調に伸びてる。それと何といっても期待大なのは、玄関から庭へののエントランスゲートのアーチ状のツルバラ。左右から2種類のツルバラを植えて去年から誘引したのが、だいぶ育って、小さなつぼみがいっぱい膨らみ始めている。Nec_0537 Nec_0612 Nec_0611

 

 これから秋まで、月2回の庭の芝刈りが、僕の日課となる。

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2009年6月23日 (火)

Guitarを弾きたい  (0303)

Guitar_1  サイモンとガーファンクルの札幌公演が、もうすぐある。マジで最後の生ライブだとは思うけれど、お一人12,000は、少し手が出ない。ていうか一人で行く気はしないから、最低×2枚となると優先順位は、低くならざるを得ない。 じゃあということで、「The Boxer」のイントロでも久々に弾こうかと思って、座敷のクローゼットのそのまた奥からギターを引っ張り出す。案の定チューニングがだめで調弦でペグをいじっていたら、嫌な鈍い音とともにナットがぶっ飛んでしまった。 やれやれ。

 小学校の時に母親に買ってもらった愛用のギターもさすがに年季を重ねて、その使命を終えたものと見える。確かに最近は、年に何度か弾く程度で手入れもせず、ほかっておいたのだから僕が悪い。一時、エレキやフォーク(スティール弦)にも走ったけれど、仲間が居ないとなかなか大変なのもあって、やっぱりアコースティック(ガット弦)に落ち着いた。

 定番の「禁じられた遊び」「鉄道員」からフォークロックのアレンジ曲、「アルファンブラの思い出」 少し腕は落ちたけれど、壊れたとなると少し淋しい。 先日、中の島のヤマハに行って、目ぼしいギターを物色してくる。 これが最後の「買い物」には、なるのは、間違いないし、・・・なんて思いがよぎれば、目移りがして未だに買えないでいる。 「優先順位」も、なかなか厳しい。think

 

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2009年6月15日 (月)

201回目の献血  (0301)

Nec_0606 55歳の誕生日を迎える年に、200回目の献血して、それをひとつの区切りとして 「二十歳の献血」 から35年にわたる 「時代」に幕を降ろした(なんと大袈裟な・・・)。 いろんな情景とともに一つ一つ積み重ねてきた実績の達成感とともに、年齢によって、献血がもう出来なくなったんだ・・・!という何か喪失感に似た思いを、街角の献血車を見かけるたびに感じていたものだ。

 今日、道庁で 「長期優良住宅促進事業」 なるものの説明会が、昼過ぎからあって、ロビーに行ったら A型から始まってB、O、AB型すべての血液が不足しています、の表示とともに、献血の受付をしていたので ほんの軽いノリで、「56歳(あと2週間ほど限りだけど)だからダメでしょう?」 と女の子に振ったら 「そんなことは、ありませんよ、是非ご協力を! 」 とのこと。

 聞けば、成分献血は、確かに55歳以上は、出来ないけれど 400ml だとか、いわゆる通常献血は、可能なのだとか。 それと昨今の若者の献血離れだとか、医療技術の進歩によって年1回でも続ければ59歳までは、献血を継続できるようなシステムを検討中だとか(この説明も細部まで、どこまで正確なのかは不明です)云う話。  ふーーん。

 じゃあ、というのでお昼休みを利用して 400ml を献血。 いつもそうなのだけれど 注射をするときに、「とても良い血管ですね」 と看護婦さんにおだてられる。 針を刺しやすいのかどうかよくわからないけれど、 そんなこんなで 201回目の献血にたどり着いた訳だ。 あと何回できるかは、わからないけれど、 社会に受け入れられる血液であるうちは、良しとしよう。

 以前は、新札だとか駅前のアスティだとかの献血センターが主流で、久しぶりに街角の献血車に乗っての献血だった。 

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2009年6月 7日 (日)

6月の日曜日  (0296)

 Nec_05695月の第2日曜日が母の日で、6月の第3日曜日が 父の日。それと6月は、僕にとって、1年で一番大切な月のひとつなのでなにかと忙しく、またとても胸躍る月でもある。お昼ごろから、薫さんと長女の3人で新札のABCマートに行って長女から NEW BALANCE のウオーキングシューズがプレゼントされた。 ちょうどシーズンも始まって、ぴったりの必需品で感謝。 ここ数年、ウオーキングシューズは、New Balance と決めているので足にもしっくりフィットして、とても歩きやすい。早速、夕方から30分ほど近くを散策する。

 先週、ナイロンの草刈り機を新調して、春から伸び放題だったエントランスや道路側の法面、庭木の廻り、裏庭の物置周辺など小一時間ほどかけて草を刈ったら、普段使わない部分の筋肉痛で身体じゅうが痛む。 こんな時は適度なウオーキングと温泉に限る。 こんな風に6月は、駆け足でやってきてあっという間に過ぎていくのだ。 いつも。

 

 

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2009年6月 1日 (月)

春樹さんの「1Q84」  (0294)

Nec_0565_2  村上春樹さんの久々の書き下ろし「1Q84」をコーチャンフォーで買い求める。 ネット上でも評判だけれど初版から予約殺到で増刷体制なのだそうだ。  確かに大型書店でも入荷待ちの但し書きで売り切れ状態ではある。「海辺のカフカ」以来の書き下ろし。「ノルウエイ森」の鮮烈デビュー(僕にとって)から 「ダンス・ダンス・ダンス」「羊をめぐる冒険」「風の歌を聴け」など札幌に来てからの思い出も多い。 札幌の「いるかホテル」も僕的に、3年をかけて目星をつけた。 エレベーターに乗っても何も起こらなかったけど。

 そんなわけで久しぶりの「村上春樹ワールド」に浸る。最近の出版業界にとっても、少し活を入れることになるのかな。 最近、書店に行くことが増えて、いろいろ観察しているけれど、大型店舗が増えてスペースがゆったりしているからそう感じるのかも知れないけれど、僕の若いころと比べて、やはり人数は減っているような気がする。 それと圧倒的に感じるのは、いわゆる「文芸」コーナーの男性客の減少である。 書籍の陳列棚の通路でお目当ての本を物色している僕の周りは、圧倒的に女性客が多いのだ。 少なくとも札幌での活字離れの原因のひとつは、男に責任がある・・・とでもいうように。Nec_0564 Nec_0561

 園芸、アウトドア関係の実用書、温泉、グルメ、旅行本・・・どのコーナーをめぐっても、圧倒的に女性が多い。 この不況下で、男性は疲れきってしまっているのだろうか?

 で、3日の日は創立記念日で、会社は休みだし、免許の更新以外に、これといった予定もないので、上巻くらいは、読み進もうと思っています。

 

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2009年5月16日 (土)

激やせ  (0287)

 この半年で10kgくらいの減量となった。うーん・・・自分的にいうと功罪相半ばの減量というべきか? 健康的な減量とそうでない部分とそんな感じがしないでもない。 しいていえば、意識して食事制限というか、腹八分目に気をつけているのと、確かにウオーキングも時間さえあれば気にかけてするようにはしているのだけれど。 それにしても今まで、散々苦労してダイエットしてきたのが、いとも簡単に、こんなに痩せられるなんて。

 久しぶりに会う人会う人に 「あら、痩せたね!」 と云われて、最初は、どうだ!って感じだったのが、自分でもだんだん、どうなんだろうね!って弱気な側面がないわけでもない。

 職場の健康診断で引っかかって、総合病院の専門医で治療中だから(安心ってことにはならないけれど・・・)とりあえずは、他に症状が、繋がっていかないように祈るのみなんだけれど。 あそこが痛いここが痛いっていうのは、筋肉痛なのかそれとも他の内臓疾患から来てるのかわけわかんないし、歳相応にアチコチ痛み出してるともいえる。

 先日、親しくしていただいていた取引先の社長さんが、急逝して、あんなに元気だったのに入院から3ヶ月で逝ってしまった。CRP値が異常に高いって、原因がわからなくて、結局、悪性リンパ腫ってわかった時には手遅れだった。 享年64。まだまだ馬力のあるタフな社長だったのに。 

 今まで、昨年買った礼服が次の年にはもう着れなくなるみたいな歳月が数年続いていたのだけれど、今度は逆に、ウエストが余ってベルトの穴が全然合わない。 いつの時代もそうだけど世の中、なかなかうまく行かないこともある。

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2009年5月 4日 (月)

誰もいない海  (0282)

Nec_0430  「海のない暮らし(0155)」にも少し書いたけれど、札幌周辺に住むようになって良いことの一つに海が身近になったことを僕は、上位に上げたいと思っている。もちろん能登や湘南に住んでいる人たちに「勝ち目」は、ないのだけれど。 名古屋に住んでいる頃、「海」は、とても遠い存在だった。もちろんその気になれば、伊勢志摩や知多半島にも行くことはできたのだけれど、その時々の想いだとか、物理的な交通事情だとかいろんな背景を考えると海は決して身近なものでなかった。 おかしな言い方だけれど、「海と向き合う」 こころの余裕もその頃の僕の方に無かったとも云える。

 連休スケジュールのはざまの空いた時間に、少しドライブしながら石狩の海岸に行ってみる。 夏の喧騒が終わった秋の海と同様、春の今頃の海もとてもおだやかである。釣りや砂浜で遊ぶ子供連れが数人いるほどで、人影はもちろんまばらで、立ち並んだ海の家も厳しい冬をやり過ごしてあと2か月少し先のにぎわいをひっそりと待っている、そんな感じだ。 車を停めて久しぶりに砂浜を歩いてみる。 やっぱり海はこうでなくちゃ。 遠く厚田の方から小樽方面までまだまだ白く雪を被った山々が一望できる。Nec_0433Nec_0434 

 海に囲まれた日本に住んでいて云うのもおかしいけれど、深く広い自然の海を破壊してテトラポットやコンクリートで固めた「機能的」な海を求め過ぎてきたのと並行して、深く広いこころの平安、懐の深さとか、自分がよって立つウイングの広さだとか、犠牲にしてきたことも多い。 スローダウン。2月に友人が云っていた言葉が、海を見ているとよみがえってくる。Nec_0431 Nec_0429 Nec_0432

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2009年5月 1日 (金)

物憂い季節  (0280)

 4月の健康診断に引っ掛かって気が重いまま、新札近くの総合病院で再検査を受けたら案の定、脅かされて則、入院を勧告されるも(それなりに)余人を持って代えられない人格の故もあって、先生を説き伏せ(オイオイ)、10日分の薬をもらって月末に改めて、外来に。

 結局、薬の効果があってか数値も若干下がり、GWを控えているということも手伝ってか?もう少し様子を見ましょう・・・ということになった。 この間、時間があれば歩き、とにかく歩き、3度の食事もカロリーを抑えて、もう完全、本気モードになった。 ブログのグルメ投稿を読んでいる方々には、イマイチ信じてもらえないでしょうが・・・本当に、あっちこっち箸を突付いてはいるものの「完食」は、控えて 量より質・・・というグルメを楽しんでいるのです。

 ディズニーの「最後のパレード」が、一部、盗作だとかいう記事が載っていて、なんとなく切ないご時世。ブルータスお前もか! とでもいうようにこれでもか!これでもかってモラルは地に落ち、5月病になる以前に入社式もそこそこに 「自宅待機」 させられてる若人とか、桜の季節というのに、大手の住宅会社はじめ、イベントの集客で 時給幾らのアルバイトを「さくら」 で雇ったり、何でもアリになってしまった。

 最近は、枯葉が散る前の、桜が咲く時節ににすでに物憂い・・・そんな季節が過ぎようとしている。

 

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2009年4月10日 (金)

春なのに   (0272)

 札幌もすっかり春めいて裏路地の雪解けも早い。先月末、市役所から「定額給付金」の案内も来て、どうやら今月中には、支給していただけるようではある。何に使うかの確たる意志もなく、たまたま「生活習慣病予防検診」の案内が来てたのを、これ幸いと薫さんと人間ドック受診の足しにしようということに。 まあお歳頃に血糖値は上がるは、血圧は上がるで、過ぎたるは及ばざるがごとし、医療の教えを乞うのも一興である。

 年度初めとはいっても、北海道は毎年のことではあるけれど、この時期、雪解けを待って一斉にあちこちで、つち音が、聞こえるはずなんだけれど、不況の所為もあって年々、建物は建たないし、物も売れないということで、街の活気もイマイチである。

 それでも庭の花木は、しっかりと開化の準備を整えているし、新芽も厳しい冬の時期をやり過ごして少しづづ膨らんできている。 愛猫のとらとChar(ちゃー)は、ご主人様の憂鬱は、どこ吹く風、仲良くベッドで日向ぼっこ。 幸せですね・・・。Nec_03651 Nec_0623

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2009年3月22日 (日)

新聞は生き残れるか?  (0266)

Nec_0312  今朝の朝日新聞に「新聞は生き残れるか?」という特集記事が出ていて、各界各氏の「予想」コメントが載っていた。 いつかの朝日新聞T君の話によると、ご多分にもれず、いわゆる新聞を取らない若い世代が増えているとのこと。 僕の周りの若い連中も、とてもそんな感じがする「やつら」ばかりだ。 で不便か?というとニュースは、いろんな媒体であふれているし、政治経済、スポーツ、芸能、ローカル・・・と興味があればネットで検索もできる。

 一方、経営の一役を担う広告収入も、この不況もさることながら、そうでなくてもこれもやはりネット広告などの影響で減少傾向にあるのだとか。そういう我家も夕刊を取らなくなって四半世紀は過ぎる。でもかの特集記事によると大多数の「知識人」は、存続と云う意味では楽観的で、生き残れる=62%、生き残れない=たったの8%という結果だった。本当にそうかしら、ただ 「生き残り方」も 生き残る以上に本当は大事なことなんだけどね。そんな中で、既得権益、横並びの「記者クラブ制度の廃止」と、そもそも日本のように全国津々浦々、全国紙が幅を利かせて発行部数を競い合う・・・なんてこと自体、そもそも異常なことともいえる。ワシントンポスト、ニューヨークタイムズだってケタが違うでしょ・・・。

 僕はそもそも、ネットとの差別化で、記事の匿名性を排し署名記事をどんどん増やすべきだと思う。この記事の取材はこの4人の記者が担当しました・・・(それはそれとして)なんてレベルじゃなくて、この記事、私が書きました・・・ってやつ。良い悪い、好き嫌いは別にして記事のライターにファンができるくらいにしなきゃ。大新聞社の組織に有能な記者が埋没したり隠れ蓑になってるようじゃいけまへん。もちろん「そう」でない記事の存在も認めはしますが。

 少なくとも僕が生きてる時代だけでも生き残ってて欲しいとは、思うんだけど。

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2009年3月14日 (土)

春の嵐  (0263)

 休日だというのに朝から大荒れで雨風が強い。庭の積雪もまだ腰の高さで、バラの枝の先端がやっとみえるくらいでツツジや去年植えたばかりのサツキ類はまだ雪の中。土が見え始めたらと準備中のアイビーのツタの苗木も晴れていたら外に出そうと思っていたのだけれどこの天候じゃあ無理だ。

 冬の間、自粛?していたウオーキングもそろそろ再開しようとも思っていたのだけれど、さすがに今日は、中止。この間の「宇宙創成」上下巻も読み終えて、その後買った、これも同じくサイモン・シン著/青木薫訳の「フェルマーの最終定理」を読み始める。一般の小説本とは、やはり違って、この手のノンフィクション本は、前頭葉が疼く気がする。ナンノコッチヤ。

 月曜から僕は、帯広~釧路~北見・旭川・札幌と木曜まで3泊4日の出張で、20日からの3連休中も苫小牧で仕事の立ち会いがあって、なおかつ21日の夜は、旭川で後輩の結婚式に出て・・・とハードな1週間が始まる。

 今日の雨で北広島の雪解けもかなり進むことだろう。庭の手入れとトレッキングシューズの点検をそろそろやっておこう。

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2009年1月30日 (金)

もうすぐ2月だ!  (0242 )

Nec_0877  来月上京の折、東京近郊在住のささやかな少人数の同窓会が企画されていて、今から楽しみのひとつである。また85歳になる母親も、この機に名古屋から単身、息子(僕)と孫(僕の次女と長男)の顔を見るために、新幹線で上京するということで、これまた一大イベントが待ってもいる。 年老いた母をひとり名古屋に残しての現実もそろそろいい加減になんとかしなければ・・・という時期を越えつつあって、これまた何かと大変ではある。

 で、いつまでも若くて元気な僕自身の自覚は、そのままに、還暦!までカウントダウンが始まる歳になってみると、世の中平均的に、明日、コロンといってしまうか、何かの拍子で余命あと半年です。といわれて何も不思議で無いお年頃には、なっているわけで、そう思えば、このブログの当初のテーマそのままに 一期一会 大切に・・・とつくづく感じるこの頃でもある。

 まったく、歳を重ねて、更に重ね重ねてこの歳になると、詰るところ、若いときのように、「後」は、少なくなるわけで、それも前もって余命あと10年ってな時からカウントダウンできる(・・・それはそれで僕のような性格だと、精神衛生上、良いようで悪いし)ってのもなんだし、ひょっとしたら、あと四半世紀も生きながらえるかも知れないし、10年後かも知れないし、来年のおせちはもう食べられない運命かも知れない!って思いながら、大切に日々生きていくしかない!っと神が与えたもうし啓示に神妙に対峙しつつ思う心境の最近の僕なのだ。

 その覚悟を、肝に銘じながら(まあ、いつもいつもじゃあないにしても)上京の日を、楽しみに 日めくりしている僕がいる。

 あと20日!

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2008年12月29日 (月)

もういくつ寝ると2009年  (0223)

 今日が仕事納めで、明日からちょっぴり長いお正月休暇(1/6まで)にはいる。部屋の掃除をし、カレンダーを取替え、少し模様替えもする。来年は2009年。早いものだ。当たり前のように1年1年、ひとつずつ歳を重ねて、先を思い描くより過去を振り返ることが多いこの頃。

●30年前といえば---1979年(昭和54年)
大平内閣で江川が小林との電撃トレードで巨人に入団した年。ソニーのウオークマンが新発売。私にとってもなつかしいNEC-8801が発売された年でした(当時はまだ8ビット機)。アメリカではスリ-マイル島で原発事故もありました。
●100年前といえば---1909年(明治42年)
日露戦争後の不景気で財政再建中、日韓併合前年で伊藤博文がハルピンで暗殺され、世情は不安定でした。そんな中で山手線が全面開通したり、三井物産が創立された年でもありました。
※いやいや、本当に時は移り時代が変わってもいろんなことが起こるわけです。

 来年からは、もう少し先を思い描くことに軸足をおいて暮らしていこう・・なんて思っている。

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2008年12月26日 (金)

このままじゃあ終わらないとは思っていた  (0222)

 札幌ではめずらしい雨模様のクリスマスが、終わったと思ったら今シーズン初めての大雪、猛吹雪。 朝から玄関ドアが開かないくらいの積雪でうんざり。 玄関ポーチから階段、公道までのエントランスと駐車場を朝から除雪。 濡れた重い雪。結局、午前中は出社できず昼までになんとか出社できたけれど、途中途中は、風も強く地吹雪模様で、結構なものでした。 クリスマスに雨なんて・・・とこのままじゃあ終わらないとは、思っていたけれど、一度に、反動がやってきたという感じです。

 高速道路も閉鎖が相次ぎ、千歳空港も朝から全面閉鎖。午後からやっと1本の滑走路が除雪で確保できたということで、それでも大混乱なのは、間違いない。 年末の帰省を迎えて、次女も東京から22時過ぎの便で帰ってくる予定なのだけれど、どうなるんでしょうかね?

 長男は明日の午後の便、ということでそろそろ我家も年の暮れ、お正月モードに突入します。 正月恒例のUNOの準備もしなくちゃ。

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2008年11月12日 (水)

6月の冷たい雨①  (0201)

梅雨のない北海道でも時折雨は降る。アジサイの花のつぼみが少し膨らんでくる頃に降る雨は、初夏だというのに、とても冷たい雨だ。ちょうど札幌オリンピックが終わった年の6月で、僕らは道庁近くのホテルのカフェで待ち合わせをした。幌平橋から中の島をぬけ、すすきの、大通りを越えて僕は、ひたすら歩いた。ホテルまであと少しというところで急に雨が降り出して僕は、駐車場側の裏口からホテルのロビーに飛び込んだ。「ついてないや・・・」 この分だと彼女も多分、遅れてくるのだろう。僕は、道庁側のツインの席をとり、とびっきり酸っぱいグレープフルーツジュースを注文して、大きな窓越しに、雨ではじけ飛んだライラックと歩道を見ていた。僕らは、ともに20歳で、未来は限りなく、想像の彼方にあり、どんなに疲れきってベッドに沈み込んでも明日は、必ずやってきて、昨日と同じことが平気で出来た。シキとは、幌平橋近くの高校の同期で、たまたま帰る家の方向が円山で同じだったのと、2年の時、クラスが同じで仲良くなった。

初めて会った時のことを(それはつまりはじめてシキをシキとして意識した時という意味だけれど)僕は、今でも鮮明に覚えている。1年生の秋の学園祭の頃で、夕方近くまでポスター創りだとかパンフレットだとかの校正をしていて、ちょっと一息、体育館の陰で立ちションをしていたら、後ろからそっと覗きこんで 肩をたたき、「校則違反だね、シイキ君!」 という声がして、振り向いたらシキがいた。

「私ね、隣のクラスの川原シキ。春夏秋冬のシキ。椎木君とは一字違い。よろしくね!びっくりした?」(立ちションの最中に、女の子に後ろから覗きこまれ、いきなり肩をたたかれて、なおかつ声をかけられてびっくりしない男がいたら教えてほしいものだ)。 初対面の女の子が僕の名前を知っていることも驚いたけれど、何も立ちションしてる真っ最中に声をかけることもないのに、僕は、ズボンで右手をいつもよりていねいに拭いてからシキと握手をした。

「よろしく!何か用?」

「シイキ君・・・」と彼女は僕のことを呼んだ。シイキとシキ、偶然のことながら僕らは、運命的なものを自然と共有し、放課後、道庁近くの図書館に行ったり植物園を散策したり、中の島公園で遊んだりした。こころの奥深くでは、当然、僕は、シキのことを女性として意識したし、恋心を抱かないわけではなかったのだけど、何故かそのことを僕は、強く封印し、接していたように思う。シキが僕のことをどう思っていたかは、わからない。一緒にいて楽しかったし、時には、妹のように僕に接し、或いは姉のようにまた母親ように僕に接した。ある一線を越えて、たとえばステディな関係に陥ることを、お互い避けているようなところがあって、その微妙なバランスを僕らは、変に意識しながら付き合っていたような気がする。うまくはいえないけれど。

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2008年8月 8日 (金)

夢であいましょう  (0165)

Nec_0298   最近、定期的にきまってみる夢がある。よくありがちな奇妙なことなのだけれど 「夢をみている夢」 とでも云おうか。 ベッドに横たわっていることを理解し深い眠りについている自分がいて、なのに意識だけははっきりしていて、なおかつもう2度と覚醒しないことを受け容れている・・・そんなような夢だ。「ノルウエイの森」 の草原の深い穴に落ちた僕(!)のように、寝ても覚めても自分が、誰も助けにきてくれない穴ぼこに落っこちているのをこれでもかこれでもかというように自覚させられるような・・・そんな夢。そしてその次にいずれやってくる死を意識する夢。 フロイト流に精査するとどんなことになるのかは、わかんないけど。Nec_0299

それともうひとつ、これは小さな時から時々みる夢なのだけれど、「顔のない」少女の夢。・・・といっても怪奇的な夢ではなくて、雰囲気だとか存在感ははっきりあって、夢の中で僕とともに 「そこ」 に彼女は居るんだけれど、誰といった確定が出来ず、夢から覚めていつも誰の夢だったんだろう・・・と思っては消え思っては再び夢の中に現れる・・・そんな少女の夢だ。 その時々で付き合っていた子だとか、心の奥深くであこがれていた子だとか、その時々で心当たりがあってもよさそうなものなのだけれど、ついぞ確定できないまま今に至っている・・・そんな少女の夢だ。 いつも母親のように僕に接し、時に恋人のように僕をみつめ、けっして裏切らないし、お説教もいわない、聖母マリアのような少女。そして僕が小さな頃から一貫してその少女は、同一人物である確信みたいなものだけがずうっとあって、そこが夢の夢たる所以で、不思議なことなんだけど (結構、危険な夢だったりして・・・)despair

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2008年4月 1日 (火)

エイプリルフール  (0115)

Nec_0189  普段、決して人を傷つける嘘は、つかない性格の僕としては、(・・ということは、つまり・・・人を傷つけない嘘なら日常的に吹いてるってことに通じるわけだけど・・・)(ナンノコッチャ!!)、毎年、かならずやってくる4月1日という日は、一捻りも二捻りもいつも以上に必要だということで、特別の日である。

 20代の半ば頃、つきあっていた彼女と食事をして、家まで送る車の中で、時計を見たら夜の11時を過ぎていた。当時は、首都高速も何も無い一般道路。とても、ユーミンのように 「片手で持つハンドル、片手で肩を抱いて・・」 なんてシチュエーションでも全く無くて、ただただ、僕は、彼女が好きで好きでたまらなくて、「好きなんだ・・・」 っていうなら今日、この日だ!っという幾つもの日々をやり過ごしてしまっていて、悶々としていた。そうこうするうちに彼女の家も段々近づいてくるし、決心がつかず(この!意気地なし!)ふと思い出したら、その日は3月31日で、あと数分で4月1日になるのを悟ったのであった。

 何が何でも最初の大切な告白が、エイプリルフールその日では、洒落にもならないし、これはとんだパロディだ。ハンドルを持つ手は、汗をかき、こころの動悸は頂点に達し(僕にも、こんな時代があった!)、心に決めてえいや!っと口火を切ったその途端、カーラジオの12時の時報がなったのと同時だった。

 うーーん、それにしてもチョー微妙。中途半端な告白・・・。これってエイプリルフール?

 でその後、一山もふた山もあって、僕らはめでたく、結婚することはできたのだけど。

 25円も一夜にしてガソリン代が下がることを思えば、なんともせつなく、ほろ苦い1日ではあったのだ。

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2008年2月17日 (日)

Jの世界(j-どらごん)  (0100)

    Nec_0070      地下鉄の駅から地下通路を歩いて、JR千種駅の登り階段の改札前のベンチで僕らは、よく座って電車が来るのを待った。どこへ行った帰りだったのだろう。それも一度ではなく何度もそうした記憶が僕の原風景として残っている。図書館の帰りだとしたら、鶴舞の駅からだとJRでまっすぐなので、千種までわざわざ地下鉄を経由することは、不合理だからたぶん栄町か地下鉄沿線の寄り道の帰りのはずなのだ。ぼくらは、自然と気があって、自然と仲良しになった。一緒にいること、そのことが楽しくてそれだけで幸せな気分になれた。そしてそのことを口にしなくても僕らは、よくお互いを理解することができた。

普遍的な愛(i)、包容力のある(i)、献身的な自己犠牲を強いる(i)。そこから一歩踏み出せば、あとは、狭き門に限りなく行き着くしかないだろう。

そこは、もうそうした(i)から踏み込んだ(Koi)の領域となる。

(i)以上(k)未満の領域 それが(j)をイニシャルとする世界、領域なのだ。

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2007年11月24日 (土)

2000年のクリスマスイブⅡ  (0080)

Photo_2  先日の同窓生のS君との再会もそうなのだけれど昔の同窓と再会していつも思うのは、同じ場面、同じ空間を共有していても、記憶として残るエピソードは、人それぞれで、数十年前の共有していたはずの経験・・・とはいっても相手から思わぬ指摘を受けたり、こちらの鮮明な記憶が、相手にはこれっぽっちも残っていなかったりと・・・そのすりあわせがこれまた楽しい。 ある意味、そんなことは日常茶飯事で、現在進行形であったりするのだけど、「2000年のクリスマスイブ」 の約束のことが、何故か、S君の記憶に残っていて、時系列的に思い起こしていても、いつ彼にそんなことを話したのか? どう考えても辻褄が合わなくて不思議な気分になったりもした。 考えてもみれば、多感な青春の一時期を共有していたとはいえ、その後、過ごしてきた長い年月に比べれば、ほんのわずかな時間でしかないことに気づかされるのだ。  10代後半のほんのひと時の甘いほろ苦い気分。

 一期一会、この年になってつくづく思うことも、青春のあの多感な日々の前では、札幌の雪のように静かに切々と記憶の中で埋没して行ってしまう。そんな日々が許された時代。限りなく永遠に未来は、約束されていたし、今日やらなければならないことも、明日以降、限りない時間の中で、やり過ごすことも簡単に出来た。明日また会える。明日また話すことが出来ると・・・・。 

  「今度いつ会えるのかな?・・・」 そんな言葉が意味を持つのは、心の奥底でひょっとしたらもう会えない・・・と自分自身、予感するからに他ならない。そして事実、僕らは、数十年近くの時を経るまで、会うことが出来なかったのだから。  

 1970年代のあの頃、ビートルズはとうの昔に解散して、ジョンは、あと数年しか生きていられなかった時代。(そんな運命を誰が信じられたことだろう・・・) 2000年なんてずうっと夢のまた夢の想いだった時代。僕は、当時名古屋で悶々としていて、その後約1ヶ月のロシア(当時はまだソ連だった)経由のヨーロッパ一人旅にでることになる。たった1ヶ月余の旅ではあったけど、今から思うといろんな意味で僕にとって転機となる旅だったとつくづく思う。 横浜の埠頭からナホトカ号に乗船する前日、僕は、二俣川近くの友人宅に泊めてもらい、翌日、大桟橋で見送りを受け、長い長い旅に出た。 そしてその旅の途中、僕は、 自分との 「2000年のクリスマスイブ」 の約束をすることになるのだ。

  北大のポプラ並木も何年か前の夏台風で、何本かが倒れて、今は再生木が整えられてきている。 札幌の駅もJRタワーが出来て以来、大きな百貨店も進出し、見違えるような景観となってきた。 2000年から過ぎること12年、道庁近くのホテルのロビーで、僕らは再会を果たすことになる。 17歳ではじめて会って、ほんの数年の油っこい多感な時代を共有して、こうして還暦をむかえたこの時代に僕らは、長い長い想いを越えてやっと再会を果たす。      

      今年のクリスマスイブも もうすぐやってくる・・・。

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2007年8月26日 (日)

出た!②  (0055)

Nec_0152  お盆も過ぎたけれど、前回に引き続き、恐怖体験を1つ。(^.^;

 中学校の1年生だったか、夏休みを控えて、一念発起、夏休み期間(名古屋あたりの夏休みは今もそうだと思うけど7月の20日頃から8月の末まで1ヵ月半ほどあった)だけ、新聞配達をしてみよう・・・ということになった。 夏休みは、普段している人も何かと休むことも多くてそうした若い世代の社会勉強を兼ねた需要と供給のバランスみたいなものがあったのだと思う。 して近くの新聞配達所に申し込んではみたものの、考えることは誰も同じで、今年の夏の申し込みは満杯です・・・ということで半ばあきらめかけていたところに、急に欠員ができて、アルバイトをすることになった。 最初の2、3日は、先輩の人と配達パターンと住宅図を描いた虎の巻をみながらの見習い期間で、僕はとてもはりきっていた。 中日新聞がメインで、それに中日スポーツがセットになる家やら経済新聞が付く家やら、中には名前は忘れたけどマニアックな業界紙を購読している家があったりと、バラエティに富んでいるし、ここは犬がうるさいとか、新聞受けがないからポストに入れるだとかの注意書きのマーキングも覚えたりと、結構、頭の体操にもなる。 先輩は、そそくさと僕に引き継いでいって僕は、たちどころにひとりだちして、 朝の4時くらいに起きて集配所に行き、決められた部数を自転車の後ろにくくりつけて、暗いうちから仕事をする!(そして何がしかの決まった収入を得る) 初めての経験に僕は、胸躍ったものだ。

 何日か経って、例の犬がうるさいとか書いてある注意書きの虎の巻のある一軒屋に、シミみたいなマークがついているのに気がついた。 でも特に、変わったことも困ったことも無くて、「ホントに何かのシミなんだろう・・」と思いつつ、張り切っていた何日目かの朝に、事件は起きた。 (結果的にそれは、単なるシミでなくて、いわゆる、いわくつきのマーキングだったのだけれど・・・)(^.^;

 数日経ったある日の早朝(もちろん、薄暗い頃です)、いつものように 「その家」 の新聞受けに、新聞を入れようとした瞬間に、殺気のような人の気配を感じて、思わずたじろいで横をみたら、年のころは20代半ば、寝巻きのような着物を羽織り、腰まで届くような黒髪の女性が、玄関脇にぬうっと立っていたのです。  それだけでもギョッとするその人は、帯がほどけ、だらしなく前をはだけ、うつろな目で僕をみて、しかも、薄笑いをうかべて涎をたらしていました。 「ぎゃーーー」っと声を出したかどうかは、覚えてはいないものの、「その日」で、僕の短いアルバイトは終わりました。

 あとで聞いたところでは、そのお宅は、精神障害の娘さんがいて、普段は家の中にこもっているのだけれど、何かの拍子で家の人が、油断している日の朝早く、家の前に立っていることがあるのだそうです。 そういう理屈は、頭の中ではわかってはいても、(娘さんには、もちろん罪はないのだけれど・・・) 気味が悪いのは、やはり悪いので、何度となく、担当者が辞めて、かといって変に引継ぎもできなくて(・・・だけど一言いってくれよーー)(でも、言ってくれたからって、やっぱり薄気味悪いのは、そうだし・・・)、急に、僕におハチがまわってきたのも、前任者が、辞めたからだという話だった。 我家の朝刊は、いつも決まったように朝4時かっちりに届くのだけど、日が昇る前のトワイライトゾーンでなくても、薄気味悪い家ってあるもので、それ以来、僕は、新聞配達の人に頭が上がらなくて、尊敬と畏敬の念を抱いている。

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2007年8月12日 (日)

それでも地球はまわっている  (0051)

Earthbr_2   ごくごく最近の話をします。血液型がA型で三碧木星、蟹座の僕は、自称-繊細のロマンティストで、どんなに夜更かししても、朝はちゃんと決まった時間に起きられるし、それがどうして、A型と三碧木星と蟹座と結びつくのかは、云ってる僕自身、定かではないけど、とにかく、どんなに熟睡していても、針が床に落ちようものなら、とっさに飛び跳ねて起き上がる・・・というほどの繊細です。その僕が・・です。感じるのです最近。何がってアータ。今更、地球がまわっているって云ったって、宗教裁判にかけられる筈もなく、ニュートンの編集長が取材に来るわけでもないのだけれど、何かの拍子で夜寝ていると、地球がこう、ゆっくり自転していることを「感じる」のです。地球の表面上では、計算上はかなりのスピードのはずなのですが、僕の感じるそれは、かなり余裕をもってゆっくりまわっています。それからというもの、余り縁起のよい話ではないかも知れませんが、いわゆる「北枕」状態が、その時一番楽な姿勢であることに、僕は気づきました。考えてもみてください、大きな球体に大の字で縛られて、回転させられるという状態を。自宅は、まだしもホテルでは、そうは簡単にベッドの向きを変えられるわけもなく、「その時」が、こないことを祈って、朝まで起きていることもあるくらい。三半神経に異常をきたしているのか、初期の神経疾患なのか、それとも50を過ぎて「特別な星」のもとに生まれてきたのか、定かではないけど、そのうち僕の感性がますます過敏になり地球の公転運動を感知し、銀河の動きまで察知するようになると思うと、不安と期待でいっぱいになる。

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2007年8月11日 (土)

出た!  (0050)

Nec_0088   昭和末期の話。紅葉深まる秋の季節。道東の弟子屈から中標津へ向かう途中に養老牛温泉というひなびた温泉がある。その時は上司とふたりで3軒ほどある旅館のうちの常宿の1軒に泊まり、夕食後、2Fの個室で中標津から取引先を招待しての麻雀を始めた。真夜中の12時を過ぎて、さすがにお開きとなり、各自、2Fの自室に戻ることになった。そして事件は起こった。皆、寝静まった午前2時過ぎ、隣の上司の部屋から「ぎっぎぎゃー!!」という恐ろしい悲鳴が聞こえ、旅館全体が騒然となったのであります。僕も何事が起こったかととるものもとりあえず隣室に飛び込んだところ、青ざめた上司が云うのには「出た・・」とのたまいまして、何がこんな夜更けに出たって、それはもう・・アレしかないわけで。上司が云うのには、カーテン越しに、半ズボンはいた男の子が立っていて、「おじさん!」って云ったとか云わないとか。なーんだ、乱れ髪の女の人だとか、口裂け女ならともかく、半ズボンの男の子なんて聞いたら、怪談にもなりゃあしない・・・と、悪い夢でもみたね、と人騒がせな上司と思っていたところに、今度は、1階から駆け上ってきた旅館の女将が、今度は、震えだした。女将がいうのには、この春、養老牛にキャンプに来ていた子ども会のうちの男の子ひとりが、行方不明になり、警察やら地元の人の捜索にもかかわらず未だ未発見で札幌からSTVやらHBCのテレビ局の取材もあって大騒ぎしたのだとのたまった。よくよく考えれば、2Fの和室で窓の下は清流が流れていて、そんな子供が、窓つたいに出てこられるわけもなく、かといって、妙に脈絡のあうこの「事件」をいったい、どう考えればいいのでしょう。いずれにしてもそれっきり養老牛温泉には、足が遠のき、その後1年くらい、街中のホテルにしろ、観光地の旅館にしろ、出張先の部屋にテェックインするたびにカーテンを開けて窓の外を確認するようになってしまった。

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2007年6月 8日 (金)

2000年のクリスマスイヴ  (0034)

Nec_0097_2  その日、僕は、赤坂のTBS近くのホテルを朝早く出て、新宿へ行き中央線に乗った。20代の頃から決めていたことだった。2000年のクリスマスイヴの日に、もう一度あの場所へ来ようと。その日が、日曜なのは、あらかじめわかっていた。誰も25年先の自分なんて想像もできない。その頃、どこに住んでいるかも、どんな暮らしをしているかもわかりゃあしない。だけど、生きてさえいれば「その時」は、やってくる。25年先の自分との約束。そして「その日」僕は、50歳前の中年おじさんになっていることになる。まだまだ遠い遠い先のことだし、そんな自分なんて想像もつかない。それにしたって、いつもいつもそんな意識で25年間ずっと生きてきたわけじゃもちろんない。「約束の日」から今日まで、いろんなことがあった。結婚もしたし、職場を変えたし、引越しも一度ならずした。日々の日常の中で記憶は薄まり、まじめに履行するには、余りにも馬鹿げた約束だと苦笑したことも当然のごとく何度かあった。街の景色もどんどん変わり、僕の思いもその時々の風にゆれた。なんせ25年だ。10年が過ぎ、20年が過ぎ、あと4年、あと3年後、あと1年・・・となって、どうでもいいや・・・と思っていた「約束」に、サザンの「THUNAMI」 とMISIAの「Everithing」がヒットチャートにのって、急に束縛されだした。(これは、悪い冗談だ!)。

 年が明けて2000年となり、なんとなく世間も騒がしくなって、ノストラダムスの予言がみごとにはずれ、そろそろホントに行くのなら年末のことだし、飛行機のチケットの予約くらいしておかなくちゃと言う10月のはじめに、僕は急性胃潰瘍で帯広の協会病院に緊急入院することになった。これも運命、と思っていたのが、微妙な線で3週間で退院。そんなこんなでその日を迎えることになったのだ。車窓から見える町並みも人の動きも年の瀬の活気にあふれている中で、僕だけが、異国でポツンと浮いていた。新宿も渋谷もそれはそう、もう街中がクリスマス気分。郊外の駅に着き、記憶をたどりながらバスに乗り、9時過ぎにはキャンパスに着いた。正門から学内のバスタッチまで、枯葉の舞う道を歩き、学生向けの掲示板を点検し、帰りのバスの時刻表を見た。昨夜の遅い便で札幌から羽田に着いて、今日一日は、「この日」のためだけにある。夕方の帰りのバスの時間を確認してから、僕は広いキャンパス内をゆっくりと時間をかけて歩き、ベンチに座り、学生らしき人に声をかけ、お昼には、買ってきたサンドウィッチを食べ、礼拝堂の階段に腰掛けて単行本を読んだ。礼拝堂の奥から、クリスマスの日の日曜礼拝の息遣いが時々聞こえた。なぜかとってもいい気分。幸せな気持ち。やっぱり自分との「約束」を果たしてよかったのだ。札幌ほどではないけれど、さすがに夕方5時を過ぎると日の暮れも早く、風も少し強くなって、僕は、帰り支度をした。そしておそらくもう2度とくることのない約束の地に、さよならとありがとうを言った。僕らがともにすごした、多感な20世紀は、あと1週間を残して終焉をむかえ、新世紀がもうそこまできていた。

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2007年4月28日 (土)

三谷幸喜  (0023)

 朝日新聞に天野祐吉氏の「CM天気図」というコラムがあって結構楽しい。近年、商品なり提供するサービスなりの名前を選挙中じゃああるまいし、ただただ連呼するだけのCMは、さすがに減って、結構、シャレの効いたのが増えた。消費者の方でも眼が肥えてきたということなのだろう。起用するタレントやら社長さんだったり、代表者だったり、それだけで信用に足る会社なり組織なのか見抜かれてしまうし、購買意欲が高まったり削がれたりしてしまう。もちろん人それぞれ好き嫌いもあって、だから大衆向けの最大公約数的な好感度の高いタレントが起用されることにもなるのだろう。今の政権与党ももっとなんとかセーヨって気分だけど「民主党」の「難破船シリーズ!?」のCMも不評だった。広告代理店が電○かどこか知らないけどもっとまともな路線はないの?他でも書いたけど、社長自らのCM出演っていうのもリスクが大きいと思う。唯一の成功例は「ジャパネット○○た」の高田社長くらいのもんだね。「○-○21」の養毛剤は、結局、あの社長の所為で、いまだ買えないでいるし。

そういう意味でみていると、最近、JALかANAだか(未だにわからないのがすごい!)一昔まえのおニャン子クラブの「セーラー服をぬがせないで」の替え歌で、三谷幸喜の出ている(こういう回りくどい説明しかできないCMもすごい!・・・の)CMにはまっている。隣でいっしょに踊ってる相武紗季(普段は!? パイロットペンのCMに出てる子)ちゃんもいい。なんといっても僕は、三谷幸喜の隠れたファンです。基本的にシャレがわかって、かつ才能があって、サービス精神が豊富で、そのくせシャイでおっちょこちょいでC調で・・・アカデミー監督賞に「有頂天ホテル」でノミネートされたテーブル席でのあのカメラ目線でのサービス精神、結局落っこちてへこんだ様を演じるシャイでC調な自作自演!!  とっても君はエライ! 他の神妙に偉そうぶってるだれよりもエラかったと思うよ。僕は。 航空券の早割りチケットのCMだとは思うんだけど、今度もっと注意してJALかANAか理解するようにします。ハイ。

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2007年4月15日 (日)

わかっちゃいるけど・・・  (0019)

Photo_12 4月の定期検診で案の定、ひっかかって糖尿病予備軍との宣託を賜わった。単身赴任が続いて食生活に問題があるし、ゴルフをやめて5年以上過ぎて確かに歩かないこと甚だしい。先日もすすきのの東急インから大通りを超えて久々に札幌駅まで歩いただけで足が攣って(←こんな漢字、ワープロでしか書けないっつうの)大変な目にあった。どこかで不幸があるたびに、前年買った礼服が着れなくなって、年代ごとの礼服が我家には展示されているし、薫さんからは、冷やかされるし、娘たちからは、笑みが消えた。もともと読書好きな(薫さんからはパソコンのやり過ぎと云われてるけど)僕は、早くから近眼であったのだけど、それに斜視と乱視があいまって最近は、老眼の気配もチラホラ。挙句の果てに飛蚊症にもなってすこぶる世間の見栄えがよろしくない。献血をしてた所為でブラッドだけは「美しい」と思っていたのだけど、中性脂肪が、グレイゾーン。認知症症予備軍(こういうのも多分あるのだろう・・)の気もあって、とにかく人の名前がでてこない。健忘症も併発。忙しすぎてうっかりすると息をするのも忘れる始末(日中の無呼吸症候群・・・)。先日もアリスの谷村新司の名前がどうしても出てこなくて、(僕は、どういうわけかアリスに限って云うと、いつも矢沢透の名前はすぐ出てくるのだけど、堀内と谷村の名前が交互にでてこなくなる症候群に、ここ数年かかっている)ほとほと、自己嫌悪に陥ったものである。そんなこんなで来月、ステラプレイスの診療所にドックに行きます。20世紀がちょうど終わりかけた2000年の10月に胃潰瘍と診断されて帯広の協会病院の6Fに3週間の入院を余儀なくされた時も、こんな太った胃潰瘍の患者は、レアケースだみたいなことを云われて、励まされているのか、からかわれているのか、悩んで胃の痛みを覚えたことがある。

とにかく痩せること。歩くこと。食べないこと。飲まないこと。遊ばないこと。悩まないこと。わかっちゃいるけどやめられない・・・・よ・・・ね・・・。天国の植木さん!!

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2007年4月 1日 (日)

前を向いて・・・  (0013)

Photo_10 あっという間に(ホント!!)地球が54回公転して、もうすぐ20,000回目の朝を迎えることとなった。顧みるに精一杯とはいかないまでもそこそこ頑張ってきたと云えるのか。なんとも不甲斐ない。10代は、多感な甘い感じとともにあっという間に過ぎて、20代は、少し生意気に生きた。30代は、大いに羽ばたき、40代の挫折も結果オーライで不惑を乗り越え、50代でハタと立ち止まる。歴史と人生に「もしも・・・」は、未練だけれど、あちらよければこちら悪し・・・で色んなしがらみと原因結果がからまって今更、やり直しもきかない。これでよかったと思う外はない・・・なんてマイナス思考は、実はなくてすべてが楽観主義の僕は、前を向いてこれからも行くだろう。(・・・とすくなくとも努力はしてる)。最近、荒井由実(松任谷でなくてネ)のCDをよく聞く。本当は、少し生意気で、肩で風を切っていた20代の曲なんだけど、10代の多感な時代にだぶって聞いてる。「卒業写真」「ひこうき雲」「12月の雨」「Good luck and Good bye」「魔法の鏡」などなど。Pureでシンプルでなんとなくこころよい。20代後半に結婚したのだけど、僕にとってユーミンの曲は、そんな独身時代の初期の思い出の歌ですね。まだまだ10代の甘い香りをひきづって、想いを断ち切れない・・・そんな時代のうただった。当時から、天才とはずっと認めていたけれどあまり好きではなかったユーミン。50代になってやっと僕自身、彼女に対して素直になれた気分。いい歌は文句なしにやっぱりいいんだという素直な気持ち。あと地球が太陽の周りを何十回かまわって僕は、60代、70代に突入する(生きてさえいれば・・・)。今週のニュースで「平成生まれ」が、二千万を超え、「昭和生まれ」の人口が1億人割れとなったと云っていた。フムフム。まだまだ前を向いて行かなくちゃ。

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2007年2月11日 (日)

勝ち組と負け組  (0004)

Photo_2 何やら最近は、世間も環境も社会も「異常(気象)」並に、ゆがんできている。
情報化の波にもまれてなのかどうか・・・「昔」は、いい意味でも悪い意味でも「政治家」も 「企業経営者」も 「学校の先生」も もっともっと立派で見識があった。(・・・・・と思っていたのは、単に僕の世間知らずの未熟さの故だったのか・・・)
半世紀以上生きて、僕も、「勝ち組」とはいえないまでも、何とか「負けてはいない」組の末席にふんぞりかえってはいるが、いやいや一歩間違えば、完全に「負け組」の一員になっていたかも知れぬ一時期を悶々として過ごした経験もないとはいえない。グローバル化か何か知らないが、すべてがアメリカナイズされて、生産性と利益追求のみが謳歌されて、勝てば官軍の勢いで、あまり恰好の好くない「勝ち組」が、なんと増えたことか!・・・国が主導している施策にしても、弱者切り捨て、地方切り捨て、どうも心持たない。今にきっと、絶対少数の「勝ち組」に対して、絶対多数の「負け組」とそのシンパの反乱が起きると僕は信じている。

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2007年1月 4日 (木)

UNO  (0001)

 いつ頃からか、正月元旦の夜に家族5人でUNOをするのが我が家の習わしになっている。大学生の長男も、旭川で自炊の長女も、東京へ行ったきりの次女もその為だけに帰省すると云っていい。正月に地方から帰省してもやれ友達やら何やらと、今では親もそっちのけで実家に落ち着いていない3人の子供たちを唯一、一家団欒で閉じ込めていく為の親の悪知恵・・と云えなくもない。従ってスポンサーは、僕。そして薫さん。500円コースから始まって2,500円、5,000円コースとレートが変わっていって結構白熱したUNOではある。総額ウン万円の年初めのギャンブルである。Uno

お姉ちゃん2人は、社会人になって末の長男だけが、時給700円にもならないバイト稼業で下宿生活。去年くらいから戦い終わってオフサイドになって、長女、次女が「unoの稼ぎ」の中から長男にお裾分けをするようになった。親としては何ともほほえましい、うれしい限りである。そのうちそれぞれが家庭をもって孫ができるようになっても、正月元旦の夜のこの行事は、続けて行きたいものだと思う。

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