カテゴリー「経済・政治・国際」の19件の記事

2009年11月21日 (土)

事業仕分け  (0352)

 新政権の「事業仕分け」。 

 パフォーマンスだとか拙速だとか批判する向きもあるけれど、ウン十年間も族議員だの霞が関だの密室で胡散臭い方法で物事が決まっていたことをオープンにして情報開示して、国民の喝采を浴びることの方がより勝るのは、当然のことだ。

 今日の新聞にも 「職員ひとりに役員22人」 だとか、「似通った法人が官庁ごとに設立されてまたぞろそこに天下り・・・」 なんて事実を突き付けられると、鳩山さんの献金疑惑だとか普天間のゴタゴタとか、気難しくて危うい小沢さんの存在とか、いろいろ看過できない 「新政権の危うさ」 などにも目が行くけれど、このことだけでも 「政権交代」 の意義を沸々と感じられるというものだ。

 「あなたたちに云われたくない!」 というのは、政権を取った今、鳩山政権では、大人げなくて禁句だそうだが、自民党も公明党も 「業仕分けひとつできなかった不明」 は,多いに恥じるべきだし、わかってはいたが出来なかった・・・(わからなかった、なんて云える?)だとしたら、あと8年(総選挙2回分)くらいは、野党にとどまって頭を冷やした方がよろしい。

 思えば年金記録問題も、ことの本質を突いたのは、官庁、官僚を支配管理する立場にあり、圧倒的に情報に接する権限を有していた政権側とその与党議員ではなくて、質問主意書を連発して国民目線で問題提起をした野党議員の長妻さんだった。

 もうすぐ年末だけれど、少ない可処分所得を有効に、わが家の 「事業仕分け」 もそろそろやんなきゃいけない。

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2009年8月30日 (日)

審判の日  (0326)

 

Nec_0829

40日間に亘るながーい 「選挙戦」 もいよいよ終わって審判の日を迎えた。 小選挙区制になって、やっと名実ともに政権選択の選挙戦となったわけだ。 細川政権の挫折を教訓として、真に与党と野党が政策を競い合うそういう時代を期待したい。 官僚政治、中央集権、制度疲労した国のしくみ、その象徴であった自民党を内からぶっ壊すという小泉さんの掛け声も結局、中途半端で、結局、今度は、外からぶっ壊さないといけない・・・ということなんだ。

 自民党(が、自民党のまま生き残るかどうかは別として)も、一度、下野することによってまさに 「近代政党」 に生まれ変われると思うし、今回、下されるだろう国民の鉄槌を真摯に受け止めて再出発してもらええば、それはそれで良いことだ。 長い長い惰性の中で、自民党のアンテナは錆れに錆れ、農業団体幹部の声は聞けども農家の声は聞かず、医師会の声は聞けど、診療者の声は届かず、経団連の声は聞けど、消費者の声は、聞かず・・・という有り様になってしまっていた。 医師会の声を聞いて駄目だと言うつもりはないけれど今まで余りにバランスを欠いた偏った声に耳を傾け、誤った政策判断をしてきたということだろう。Nec_0828

 それと一般生活者の実感があれほど乏しくては、まともな政策判断などできるはずもない。また政治家たるもの話す言葉の意味することも言葉自体も軽々しい。 2度も政権を放り投げた政党に今更、責任力だの政権力だの云ってほしくないし、なにより、ハローワークで絶望感を味わっている若者に、仕事に対する気構えのピント外れのうんちくを、上目目線で滔々とべらんめい調でいわれたくないし、一国の総理が、街頭演説で、「オレのツラをみて・・・云々・・」 などとあんたやくざかなんだか、そういうデリカシもないんだな。 民主党にも2世3世議員はいるけれど、権力を持ち続けていただけ、自民党のお世継ぎ議員はより堕落していたということだ。 

 昨日、所用があって近くの区役所に行ったら、階段の上り口まで行列があふれていて、何事かと先を追ってみたら、総選挙の期日前投票の行列だった。 未だかって、僕もこんな経験はない。 今日は、朝から投票に行って一日、「選挙を楽しもう」 と思う。

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2009年2月18日 (水)

温泉とグルメだけ?  (0252)

Nec_0192_2  最近のブログを我ながら読み返していたら、日々、天然温泉に浸かってグルメしてる・・みたいな怠惰な日常を送っていると思っていらっしゃる方々が多いのではないかと危惧していたりするのだけれど、世の中そんなに甘くは無くて、それなりにちゃんと苦労はしております。

 と云いつつ、まあ「そこ」は、おくびにもださない!っていう美意識が別にあるわけでもない。(なんのこっちゃ)

 政治は妥協の産物だというけれど、僕らの国は、ほとんど一党独裁の中でやってきたから、国民のために、政策を精錬してまとめ上げるという気概が与党にも野党にも無い。屁のつっぱりみたいなもので、こういう時は、より直近の選挙で民意を得た方が、幅を利かすのは当然のことで、それが嫌なら即、解散をして自らの優位性を勝ち取る以外に方法はない。直近の選挙で民意を得れば「ねじれ国会」といえども、野党のねじれ方も違うというものだ。100年に一度のこの危機に、もうとっくに民意を得た強力な内閣が登場していれば・・・と思う国民は、少なくないはずだと思う。

 総理大臣のべらんめい調のうすっぺらい釈明と財務金融担当大臣の酩酊記者会見等々をみているとこの国の政治家の質の悪さを感じないわけにはいかない。それでもわっしょいわっしょい、経済成長の時代は、それでも弊害は少なかった。

 今は、そのような時ではありません。「政治空白」が生じます。」 確かに、確かに。それでもひと段落したら1票を投じさせてください。 それも怒りの1票を!

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2009年1月20日 (火)

I have a dream 私には夢がある  (0236)  

024  いよいよオバマの登場である。良しにつけ悪しきにつけ、1年余に亘る予備選挙、本選挙を経て、この地球上最大の権力者が、民主的?に交代する。その醍醐味はやはり素晴らしいと称賛せざるを得ない。 大統領制と議院内閣制の違いはあっても、我国の鬱積した停滞ぶりを見ていると、やはりこの国の本質的な政治の 「質」 について、考えてしまう。

 リンカーン演説、ケネディ演説と同様、明日未明には、終生語られ継がれることになるであろうオバマ演説が世界を席捲することだろう。 日本の政治家の語る言葉に、胸躍る興奮とときめきを感じることが出来るようになるのは、何時のことだろう?

 今でも鮮明に記憶によみがえるけれど、63年、東京オリンピックの前年、初めての衛星中継で僕は、ビートルズの「All You Needs is Love」 の生演奏と同時にケネディ暗殺の一報を知ることになる。 そしてその後、キング牧師の 「I have a dream」 で始まるあの有名な演説を知ることになる。 ほんの40年ほど前まで、アメリカでは、れっきとした人種差別が道端を堂々と闊歩していた。

 「私には夢がある。それは、いつの日か、私の四人の幼い子ども達が、肌の色ではなく人格そのものによって評価される国に住んでいるようになることだ。」

   彼は、政治家ではなかったけれど、人に夢を語ることが出来る人は、それだけで素晴らしいことだ。どんなちっぽけな夢でもいい。夢を語り合える社会、それは誰もが理想とする社会だろう。  I have a dream  私には夢がある。

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2008年12月31日 (水)

来年が良くなるという小噺  (0224)

 今日は、2008年の大晦日。 年末年始の買い出しの途中、ラジオを聴いていたら、経済評論家の森永卓郎さんが、こんなことを云っていて笑ってしまった。

 来年の見通しについて悲観的な見方が錯綜する中、森永氏が云うのには、来年は、厳しいながらも今年よりは、必ず良い年になる・・・というのである。  で、その根拠。

 1月にブッシュがいなくなり、遅くとも2月、3月頃までには、麻生がいなくなる。この2人がいなくなって、社会、経済がよくならない訳がない!  というのである。

 どんなものにも光と影があり、功罪相半ばで、よって立つスタンスによって評価は分かれるにしても、この森永氏の発言に、僕は、まちがいなく1票を入れ、本当に来年が良い年になる気さえして来ている。 どんな時にも 「希望」が、ないわけではないのだ!

 よいお年を!

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2008年12月19日 (金)

ああ勘違い、読み間違い  (0218)

Dscn0878  麻生お坊ちゃまが、漢字の読み間違いで叩かれているけれど、長い人生、過ごしていても意外と落とし穴というものはあるものだとつくづく思うことがある。 僕にしたって、もう少し若い時代に、修羅場をくぐりぬけて、指摘修正されて居たらいいのだけれど、あにはからんや無傷でスルーしてしまって、いい歳をしてから 恥ずかしい思いをしたこと、数知れずである。

 僕も時々、

 ご無沙汰なのか ご無汰沙なのか  時期尚早なのか 時期早尚なのか

 判らなくなることが時々あって、意識しだすとますます混乱するときがあるし、

 最近は、危機一発興味深々厚顔無知不響和音 なんて造語を街角のポスターなどで見かけてしまうことも多い。 そんなこんなのが頭の中にインプットされてしまうと、なかなか咄嗟には修正が効かないこともある。 相殺をソウサイと読むかソウサツと読むかなんてことも、みんなで間違えば怖くない・・・の例えで、誤読も自然と認知されることもあるようだし。

 で、要は、普段使いこなしていない社会や世間で稀にタマに使うと、こういうことになるケースが多いという僕の経験値からすると、麻生お坊ちゃまにとって100年に1回あるかないかの 「未曾有(みぞうゆう)」 な時期に首相になられて、従来型の政治を 「踏襲(ふしゅう)」 するだけでは、解決は難しく 「混迷(こんまい)」 は、深まるばかりのこの時期の、国のトップになってしまい、相当、混乱しているようにも見受けられます。Dscn0852

 漢字の読み間違いくらいなら、空気が読めない、記者に向かって あなたとは違うんです!とムキになる前任者よりは、ましだとは思うのだけど、国の進む方向を読み間違う事の無い様にだけは してもらいたいものだ・・・と思う。

 それにしても全部、先送りで年末から年始にかけて失業者が街にあぶれだし、この国はどうなっていくのだろうか? 国は何のためにあるのだろうか? やるべきことをいつやっていただけるんでしょうか?

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2008年11月29日 (土)

麻生さんと首相の品格  (0207)

 政治組織としての政党の代表を選ぶシステムに問題があるのか、そもそもその組織を構成する人たちの選び方に問題があるのか、昨今の政治の閉塞状況と危機感のなさには、毎度のことながらあきれるばかりだ。 特に自民党の人材の枯渇、政策立案能力(もともとが官僚べったりか・・・)のレベルの低さには、あきれているばかりでもいられないほどの深刻さがつきまとう。

 前にも書いたけれど、二世議員どころか三世議員まで出現して、おぼっちゃま内閣なんて云っていたら、知らぬ間にお坊ちゃま政党になりさがってしまった。二世、三世の方が、たたき上げ代議士より比較的若いうちから地盤を引き継ぐので、議員歴は、比較長くなり、比較経験を積み(金の心配も、比較的ないことから)、比較早く幹部となり・・・反対に苦労知らず、世間知らず・・・お坊ちゃまとなるのは、これは世の常識である。阿倍さん、福田さん、麻生さん・・・これは、喜劇でなくて悲劇である。それも相当、手の込んだ悲劇である。民主党も同じようなモノだけれど、少なくとも同じ選挙区からの出馬は認めない・・・というのは、一歩前進ではある。 高いこころざしをもって苦労して代議士という職業を射止めてほしいということに尽きる。

 で、麻生さんという人。云いたいことはいっぱいあるけれど、ぶらさがりでも何でも 一国の総理たる者が、会見で「俺、オレ・・」というのだけは、やめてほしい。 それとあのひんまがった唇。 僕は容姿では、人を批評しない主義なんだけれど、あの唇から出てくる政治家としての言葉の稚拙さ、見識のなさをどうみればいいのだろう。 他の政治家と違って 「俺は・・」 会社も病院も経営してきた、その分、実務、実体経済を熟知している、庶民喝采のマンガも熟読している・・・というのが、(あえて言わさせていただきますれば)「アイツ」の自慢なのか! ・・・・殿、早く民意を問うては、いただきませぬか。

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2008年11月18日 (火)

今更ながら  (0203)

  12月の3日(水)に新宿で東京在住の小中学校のミニ同窓会があって、最後の最後までの調整も及ばず今回は、断念に。今月21日は株主総会だし、次週は、プロジェクト会議、役員会、拠点長会議と目白押しで、月末から12月初めは、メーカーと組合の合同会議やら説明会、そうこうする内に、忘年会シーズンに入って行く・・・といういつものパターン。不況で例年よりは減少傾向にあるとはいうものの、泊まりがけの忘年会、新年会も未だ多い。

というわけで上京は年明けに見送り、師走を迎えることとなった。人間、余裕が無くなると 「本性」が、現れるというけれど、何だか社会全体に余裕がなくなって、時代の閉そく感が見え隠れする。歌舞伎役者じゃあるまいし(決して歌舞伎役者さんちを軽んじているわけではないのですが・・・)議会の過半数を占めるほど世襲のお坊ちゃま2世、3世議員を世に送り出してきたツケが、ここえ来て噴出したようではある。

 社会をリードする層のこころざしの低さ、見識の無さ、モラルの無さに庶民は、あきれ返っている。 経団連会長さん、トヨタの会長さん、読売のボスさん、永田町の事務次官諸氏、警視庁の部長さん・・・何でもありで、偽装、隠蔽、無作為、無責任。 皆々、金儲けと権益の確保には、さすが手腕を発揮して功成り名遂げたけれど、やはり大事なのは こころざし だよなあ。

こころざしって死語に近いけれど・・・。 

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2008年10月11日 (土)

自由経済への警鐘  (0189)

Nec_0689  サムプライズ問題からリーマンブラザーズの倒産に端を発して世界恐慌と云っていいほどの株価の崩壊である。ベルリンの壁が西側から東側に崩れた瞬間、西欧的民主主義は、確かにソ連邦を軸とする東欧主義(とでもいうべき社会システム)に勝利したのだけれど、そもそもそれは、アメリカを中心とする 「経済システム」 が、東のそれに対して勝利したのだと当時、僕は思っていた。アメリカの「成功体験」を信奉するグローバルニズムという美酒に酔いしびれて、高度な経済理論を駆使し、経済効率だけを優先し、日本もそれに盲目的に追従してきた。その結果が、どうなったかは、「小泉劇場」で喝采した人の中でも忸怩たる思いがあるのではないかと思う。方向性はよし・・・とけれどもね・・・と。 このけれどもね・・のあとに続く部分に、地方は、弱者は、政治的に目覚めるしか、打開することができないと今更ながら気づき始めたのだ。

 需要と供給のバランスを基に決まるべきプライスが、行きすぎた投機の対象となる。リスク分散、リスク回避の経済理論、システムの「影」の部分を補う制度設計を早急に補完する必要がある。ウオール街でもトップクラスのCEOと呼ばれたリーマンの社長ですら、先を読めないマネーゲームの(素人の僕は、何度でも言わせてもらうけれど)「影」の部分を補完する世界基準を、早く構築すべきだと思う。 とにかく何でもアリの世界にしてしまった。

  

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2008年9月13日 (土)

総裁選よりも総選挙!  (0176)

Nec_0549  阿倍さんと同じで途中で政権を放り投げた福田さんの政策の中で唯一、方向性として共感できたのは、「消費者庁」 設置の話だ。(まあ、それすら、閣議決定しただけで、法案は次の人に・・・というんじゃあ、何をか言わんやではあるけど) 長い自民党政治が、いわゆる生産者としての業界に軸足を置き、消費者としての国民を軽んじてきたことは承知の事実だ。 敗戦からの復興で、その優先順位が、政策的に求められ、容認されてきた歴史もわからないわけではないけれど、余りにも、選挙の集票システムと一体化して、消費者側に、付けを回し過ぎ、政策転換が遅すぎたこともこれまた事実だ。遅きに失した感はあるけれど、少なくとも生産者保護、業界保護のスタンスを消費者側サイドにニュートラルにバランスをとることを期待したい。 それにしても総裁選が華やかだけれど、保険担当の厚労省や事故米担当の農水省らの大臣さんやら中央官庁諸君の意識をあの5人衆の方々は、本当に変えられるのだろうか? 自民党をぶっ壊した次は霞が関をぶっ壊すという小池さんは、頼もしい限りだけれど、ぶっ壊したはずの自民党は、なんだかんだ古い体質も息を吹きかえしている感じもして、本当に、できるんだろうか?・・・と思わないでもない。

 一国の政治をもて遊ぶんじゃあないとプロの人にいわれそうだけれど、散々だまされ続けて、僕なんかは、一か八か、この際、政権交代を実現させて、民主党にやらせてみたらいいと思っている。 日本で政権を担えるのは唯一自民党だけで、民主党なんかに政権を任せたら、危ない危ないと政権寄りのプロの方々は、声高にわめくけれど、今の自民党政治だって結構、危ない危ないと僕なんかは思うし、政権から離れたあと、再生した自民党(それが、その時、すでに自民党でなくなっていたとしても) のマニュファストにこそ、僕は、期待したいとも思っている。 それが政権交代可能な日本の真の民主主義の礎となるものだから。

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