ガレーラのデザート (0134)
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友人数人とと 「聞いただけで泣ける歌」 があるかどうかという話になり、意外と奥の深いテーマであると思い至った。世代的に泣ける歌、というのもあってある意味笑える話にもなるが、ひとそれぞれ思い入れはあって、黒猫のタンゴで俺は泣く!という御仁が居てもそれはそれ、非難されるべき性質のものでは勿論ない! なぜか?という背景を聞きたくなることはあっても!
で、友人曰く、彼の場合は、なんでも 「津軽海峡冬景色」 なんだそうで、ジャジャジャジャーーンというイントロからすでに泣けるそうで、ご愁傷様ではある。 もうひとりは、何が何でもソフィアローレンの「ひまわり」のテーマ音楽で泣く!という奴から、ペギー葉山の「学生時代」で、ツタが絡まる頃からすでに泣く....という奴まで、さすがに多士多彩ではある。
で、僕の番になって、ハタと困った。つまるところ感情移入が激しすぎて、1曲を選べないのである。まあまあ、そんなに深刻な選択でもないし、ということになり、あえて一番最近聞いただけで泣いた曲ということで云えばだけど、
「伊藤ゆなのプレシャス」 という歌です。
※今度の日曜日の娘の結婚披露宴のオープニングのテーマ曲です(^.^;。
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長女の結婚式もいよいよ来週に。親として何となく落ち着かない気もあり、セレモニーとしての形よりもそのあとずうっとしっかりと幸せになって欲しいという願いの方が強い(当然のことだけれど)。 いつの世代もそうだと思うけれど自分たちの時代とは、当然、25年(四半期)程度の時代の移り変わりがあるわけで、より本人たち本位の結婚式・披露宴という流れになってきているのは、それはそれでいいと思う。親としての常識で口を挟みたいことは、しばしばあるのだけれど、振り返って、自分たちの時も、今更ながら当時の親たちの気持ちにこうした機会を通じて何となく触れるということなんだ。親と子の関係というのは、常にこうした繰返しを通じて継承されていくことなんだと思うし。
まあ、我が家にとっては、初めての子供の結婚式・・・というセレモニーを控えて、今日も「最終チェック」とかで、1日多忙です(^.^;。
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今日(土曜日)は、休日なのだけれど、職場の歓送迎会の集いがあって、札幌すすきのまで出かける。夕方からボーリング(なんと3年振りくらいかなあ)をやってから近くの中華料理屋で会食。総勢30名くらい。普段は、車ばかりなので、こんな時くらいしかなかなかJRには、乗らないのだけれど、久しぶりに電車で札幌駅に出る。少し時間があったので駅前のロフトでZARDの坂井泉水の「memorial 展覧会」の案内を見に行く。そういえば、坂井さん、昨年今頃(命日は5/27と後で調べた)亡くなったんだなあと思いつつ。ZARDには、いろいろお世話になったし、思い出も多い。平成になってからのカーステレオの常連だったし、ライフスタイルもなんとなく共感がもてた。
「負けないで」「眠れない夜を抱いて」「あなたを感じていたい」などそれぞれ思い出があるけれど、1つあげるとなると「揺れる想い」ということになるのだろう。 何故だか、先日行った、石狩浜の方の海岸線を走るドライブの記憶とつながっている。ちょうど転職を考えていた時期やらいろんなことと、ZARDのこの歌が、僕の気持の中でまだ息づいているからなのだろう。 アルファベットの最後のZからはじまるグループ名に坂井さんが固執していたという記事をどこかで読んだ記憶がある。
辞書でいえば最後の索引。電話帳でも最後のページ。オリンピックの行進も最後のビリッケツ。 彼女らしい生き方といえば、そうなのかもしれない。」
3年ぶりのボーリングは2ゲームで251ピン。
「もう少し、あと少し」だったんだ。
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東京へ帰る次女を千歳に送りがてら虎杖浜のホテルビュラメールの温泉に行く。大人1,000円で少し高いけれど、お正月休みに家族4人で行った時、回数券が11回分で5,000円というので買った残りがあったので、実質はひとり500円程度。ホテルは虎杖浜の高台にあって温泉と近くの砂浜と海岸のロケーションがとても好きなのと、なんといってもタラコが目当てではある。 前にも書いたけれど、最近は、なんだかんだとやはり温泉三昧で、都会に住んでいる人には、考えられないようなある意味贅沢な日々を過ごしているとは云
える。

ホテルの隣の海産物のお店の前の東屋に、無料の「足湯」の施設ができていてライダー達が浸かっていて気持ちよさそうだった。 帰りの36線も連休だというのに意外に空いていて、GSの前を通るたびに、「レギュラー×××円」の看板が気になるドライブというのも、なんだかシケテいる感じだね。
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ニセコ駅前温泉「綺麗の湯」へ行く。ニセコといえば温泉の宝庫で、今まで「ニセコ湯本」「五色温泉」「昆布川温泉」・・・と制覇してきて、どれもみな満足の良い温泉だった。今回は、ロケーションとしては、本当に街のど真ん中、ニセコ駅前にある「綺麗の湯」なんだけれど、洒落たつくりと施設の充実さと何といってもやっぱり温泉もとてもよかった。大人500円。
檜と洋風の露天風呂とサウナもあって、駅前にこんな天然温泉があるなんていうのも、ニセコならでは。 その昔、名古屋から北海道に来たての頃は、よく連泊でアンヌプリだとかひらふだとか東山にスキーにきたものだった。 当時からそのニセコという名前もそうだけど、どこか垢ぬけした雰囲気を持つ街で大手のホテルだとか、洒落た民宿、ペンションも多かったけれど、ここ最近のオーストラリアバブルで、北海道で唯一、着工件数の伸びている地域で、賑わっている。今回は、天候も良くて、いつもはみられない羊蹄の山もすっかり上から下までみえて、帰りがけに、湧水の水をタンクやボトルにいっぱい詰め込んで、さすがに重くて燃費に多分影響したと思う。札幌市内で行きにガソリンを満タンにと思い、セルフで安いところ捜して(ほとんどが160円/L前後が多い中で)135円/Lだった。
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連休中、少し暇を生かして、今まで投稿したこのブログの記事に改めて通しNoをつけてみることにした。去年の1月から始めたこのブログも途中、アカウントの変更やらアドレスの引っ越しなどもあり、一方ボツになった記事も多々あって、この記事でNo-127番目の「投稿記事」ということになった。投稿していくうちに記事の 「カテゴリ」 も増え、画像の数や処理法も多彩になって、少しは、「らしく」 なってきているのかも知れない。
最近、取引先の会社のホームページなどにも 社長はじめスタッフのブログをリンクさせたものが多くなってきた。 いつもビジネスの場面でお付き合いしている方々のブログを拝見していると、やはり9時-5時とは、違う一面を感じたりして、とても共感を覚える場面とか考え方の一端を、覗かせていただいた気がして、より親しさを抱くことが多い。
実際には、通しNo・・・とはいっても、記事の内容によっては、推敲を重ねたり、中には、本当にボツになるものもあるので、部分的に 「欠番」があったり、順不同にもなったりすることもあるとは、思うけどあくまでも「完成順」ということで通して行こうと思っています。
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小樽まで高速で行き、余市、古平、美国と229号線を海岸沿いにひた走り、神威岬へ。以前積丹岬は、制覇してはあるのだけど、神威岬は今回が初めて。駐車場から、整備された散策路を登って、途中アップダウンは、多少あるのだけれどおよそ1キ
ロくらい歩いて岬の果てま
でたどり着く。
朝、早く家を出て、小樽市街を9時頃には、通り抜けたので、たいした渋滞にも巻き込まれず、積丹を1周するドライブもたいして混まなかった。
お昼前に、港の近くの「漁師の店 中村屋」で食事。僕は、大盛りのうに丼!薫さんは、えび丼、娘たちは、それぞれイクラ丼と盛り合わせなどを注文。ボリュームもあっておいしかった。
岬の岸壁では、結構、釣り客が多くて、近くのドライブインでは、カレイを日干ししている店がいっぱいあった。アワビも新鮮なのが出てたけどさすがにお高くて手が出ませんでした。(^―^)
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アルコールは、嗜むものの決して強くはない僕ではあるけれど、しらふだけでは生きていけないこの世の中、いざという時のために、嗜好だけは、はっきりとさせておきたい!(というほどのことでもないが)・・・というわけで、日本酒ということであれば、まず辛口の石川県白山市鶴木という地方の「 菊姫」をまず上げたい。そんなにそんなに飲めない僕が、云っても説得力はまあ、皆無だけれど、口当たりもいいし、冷やで召し上がるには絶品だと思う。
で、北海道・・・ということになるのだけれど、旭川、札幌、千歳とそれぞれ一品はあるのだけれど、僕としては、留萌の南の増毛という街の「国稀(クニマレ)」というこれまた辛口をあげたい。日本最北の酒造会社というのもなかなかオツなものだけれど、ただ量を競って飲みまくってグダをまくという飲んべえと違って、さらっと品を競ってシニカルに飲むという僕にしてみれば、(よくよく我ながら考えるに、自分だから許せるけれど、シニカルに酒を飲む・・・などとほざく・・・こういう飲み方をする赤の他人様とは、金輪際、さしで飲みたくなんぞならねえ・・・とは思う)なかなか上品な酒ではある。
というわけで、量は飲めなくてもグダは、幾らでも撒ける・・・ということを発見した今日のブログであったのでありました。
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久しぶりにハイファイセットを聴く。「赤い鳥」の頃から山本潤子さんの声がとても好きで、学生の頃は、「翼をください」とか「竹田の子守唄」などよく口ずさんだものだ。ゆーみんをカバーした「卒業写真」とか「海を見ていた午後」なんかも好きだけど、一番、思い入れがあるのは、20代半ばの頃聴いていた「フィーリング」。10代後半の屈折した思いだとか、未来への漠然とした不安だとかが心の中で妙な感じにブレンドされてシャッフルされて、あともう少しで素敵なカクテルになる・・・という手前でグイっと飲み干してしまっていた。その頃は、まだ人生の経験も浅くて一流のバーテンダーというわけにはいかなかったのだ。
あれから数十年が過ぎて、今ならグランドホテルのスカイラウンジで、そのカクテルも充分、味わいながら口にすることができる。歳をとることも、あながち捨てたものじゃあない。
いま、わたしの願いごとが、叶うならば、翼をください。
そして、今でも、その願いをあきらめたわけではない。
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ウオ-キングといえ ば、聞こえはいいけれど、若い頃はもちろん免許も無くて、移動手段と云えば、つまるところ、自転車か、歩くことしかなかった。電車もバスもあるにはあったけれど、無論、自分が今日、行きたいという時間帯、方向に、必ずしも路線がある筈もなく、ただただ目的地に向かってひた向きに歩くしかなかったのだ。
そんなこんなで昔の人は、良く歩き、皆、健脚だったというのだけれど必要に迫られて当然、僕もそんな中のひとりだったのだ。今まで一番歩いた記録は、名古屋の鶴舞図書館から実家のあった19号線沿いの勝川と言う所まで、距離にすると約14km、4時間くらいかかったのが、最高で、(あんまり、たいした事無い。)まあ標高差では、焼岳とか西穂高に登ったことがあるけれど、それはそれ。
こうしてみると名古屋、東京、札幌の地下街を歩き回ったといっても知れているし、テレベ河沿いにローマ市内を歩き回った思い出とか、フィレンテェでYH(ユースホステル)に行くのに、駅前からのタクシーでとんでもないところに降ろされて、地図を片手に心細い思いをしながら丘の上のYHまで歩いた思い出とか色々あるけれど、いずれもとても僕のギネスに掲載できるような代物ではない。
で、今年中に、とりあえず20kmくらいのコースを歩いてみようと思っている。まあ4km/h×5h=20kmという書けば簡単な計算ではあるのだけれど、UP、DOWNもあるし、単純に札幌三越前から歩き始めるとすると、南区の滝の公園あたりまで行くことになる・・・なんて風に考えると、まあそれなりの決意のいる距離ではあります。
というわけで乞うご期待!
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春になって、普段は、車ですいーっとひと走りって感じなのだけれど、昨年から、どういうわけか、ウォーキング「おたく」気味の僕の虫が騒ぎだして、家から一番近い天然温泉の竹山温泉まで歩いて行くことにした。

住宅街をぬけて団地内の外回り環状線を突っ切って坂道を下るとすぐ、白樺やカバの木などの原始林につきあたる。最近、体質が少し変わってきたのか、どういうわけか花粉症で涙目の僕は、ショボショボ眼で周りを見渡す。原始林とはいっても、人の手は入っていて、ひと一人がなんとか通り抜けるくらいのけもの道は通っていて、ひたすらそこを進む。花粉症のおかげで森林浴・・・というような快適さは、ないけれどさすがに気分はいい。しばらく歩くと急に開けてきて、新緑の円い丘の草原に出た。さすがにこの時期、まだ牛は放牧されていないけれど、青々とした草原と、青い大きな空と道端に連なる電柵。そして丘の向こうにみえる恵庭岳のきりっとした容貌が、とても映える。
途中、道端で蛇が死んでいた。北海道で蛇をみたのは、もう数十年振りの事だったので少し驚いた。春を迎えたばかりなのにどういうわけだろう・・・。
ちょっぴり汗をかいて、しばらく行くとやっと砂利道から舗装路に出、目的地の竹山温泉に着いた。片道25分くらい。まあ手頃な距離でした。
5月になったら、羊が丘の行きつけのM治療院で毎月、第1か第3日曜日に滝野の白幡山でトレッキング講習があるというので参加してみようと思っている。専門の講師の方もついてくださって、だいたい2時間半、参加料500円。
今から楽しみでもあるけれど、その分、見知らぬ人たちと一緒に・・・となると迷惑はかけられないので、それなりのトレーニングは積んでおかなくちゃ・・・って感じですね。
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長女が新婚旅行でハワイに行くことになり、少し先輩風を吹かせてみる。ワイキキのホテルはここが良いとか、どうせならレンタカーを借りるかリムジンをチャーターしてハナウマベイの方まで足を伸ばした方が良いなどなど。3年前に行った時は、ハワイ島まで危なっかしい?ハワイアン航空でコナまで飛んで、その昔、プレスリーがオフに滞在していたというふれこみのホテルのプライベートビーチで1日中、水平線を見ながらのんびりすごしたり、飽きると溶岩流が流れたあとのハイウエイをドライブしてヒロの街まで買い物に出かけたりして過ごした。あんな贅沢な時間は、おそらく、ほぼ、完全に、日本では無理だと思ってしまう。
オアフ島は、観光客の数も当然多いし、華やいだ感じは否めない。もちろんそれはそれですっごく良いのだけれど。 ワイキキの浜辺で、沖の方数キロまでクルージングするツアー(確かひとり50$)があって、結構手軽な思い付きオプションだった。運がよければ、クジラがみえるということだったけどそれはかなわなかった。その時の20代後半くらいの客引きの男の子が、札幌の手稲の子で、僕が、よく行くレストランのオーナーの息子さんだと聞いて、少し驚いた。ハワイには、ここ5年位、日中はこんなようなバイトをし、夜は夜で、レストランで働いているということだった。世間は狭く、人生は、バラエティに富んでいる。
最終日のおみやげに長女と次女にティファニのお揃いのネックレスと長男から頼まれたブルガリの財布を買って、颯爽と帰ってきたのは良いのだけれど、翌月のVISAの請求書にアロハオエとは、いかなかった。(当たり前だ!)
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長女の結婚式もカウントダウンがいよいよ始まり、あと1か月と数日に なってきた。結婚式の様子も披露宴の形も僕らの頃とは時代も世相も変わって、より本人たちの「自由度」が増したような気がする。基本的には、親としての感じ方は異なっても、結婚する我が子の「見識」と「常識」を信じて、良いことだと思っている。形だけの仲人もたてず、堅苦しい主賓挨拶も省略して、まあ手作りでふたりで決めて「お父さん、これでいい?」 それで十分だと思う。
両家が主体となって、関係各位をご招待するという側面が強い本州と違って、両家、両人になり代って、有志が発起人会を組織し宴を企画し、会費制で参加者を募る・・・という形をとる北海道では、やはりどこか趣が異なるのだけれど、最近は、仲人という言葉自体が、形式化し、形骸化してきている上に、発起人自体も立てない・・・という披露宴も増えているのだとか。
勤め先自体の雇用制度が流動化し終身雇用制度が今まで以上に崩壊していくとしたら結婚式自体の在り方もどなたにメインスピーチをお願いするかなんてことなども当然、変わっていくだろうし、そもそも結婚式、披露宴自体の在り方も時代とともに変わっていって当然のことだ。僕らの親の時代だって、そもそも「自由恋愛」(おお!これぞ死語となった現代熟語かもしれない!)なんて珍しくて、本人たちというよりは「家」と「家」の縁結び、同盟調印式みたいなもんだったのだから、3世代でこれだけ変わったんだと思えばいい。
こんなウンチクを云ってる場合じゃなくて、明日日曜日も「お父さん、これでいい?」に付き合わされる一日となるのであります。はい!
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先日、NHKの深夜番組で、フォーククルセダ-ズの特集をやっていて見入ってしまった。「帰ってきた酔っぱらい」とか、「悲しくてやりきれない」などなど。時代的には、60年代後半、僕的には、高校2年の頃。名古屋の進学校で、バンカラだった。ベトナム戦争やら、70安保を控えて学内もそれなりに、緊迫していて、反戦集会に誘われて行ったりもしていた。岡林や赤い鳥なんかもこの頃。学祭で、バンドを組んでギター片手に唄っていたのもこの頃。
屈折した思いと不完全燃焼の想いと熱く長い夏。大学受験を控えた3年の夏休み。思い思いに仲間と廊下に机を出して自習していたあの日。友人に誘われて入った教室の黒板に書かれていた文字。そして夢。黒猫のタンゴ。早稲田速記の文字。チューリップのアップリケそして・・・手紙。
久しぶりにギターを弾いてみる。
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「ねじれ国会」 の所為で、いろいろかつて経験できなかった体験をさせていただき、まあ混乱といえばそうもいえるけれど、多数政党の言い分が、なんでもトコロテン式に、法案化されてしまうのも考えてみればおかしなもので、そんな状態が何年も続いたおかげで、国会審議が儀式のような建前だけの議論になって、時間だけを消化し、ガス抜きみたいな審議でハイ可決なんてことになっていたのも事実だ。そもそもねじれている原因の根本は、最新の民意を問わずに行政府の代表を2人も変えてしまった与党の側にあるので、これまた根が深い。民意を問うてなお、ねじれているのなら我慢のし甲斐もあるというものだけれど。
それにしても年金にしろ防衛省の話にしろ、野党議員が国政調査権を使って行政府のさまざまなムダや不正を追及する前に、より強い権限のあるだろう立場の与党議員の先生方がなぜそれをせず、黙っているのだろう・・・。与党対野党の前に立法府対行政府の三権分立の監視、牽制をしてもらいたいなどと思うのは、ケツの青いたわごとか。 もっと平たく言えばそれ以前に、国会議員対キャリア官僚(省庁)との大掃除をしてもらいたい。与党議員には、時の政府の足をひっぱる不正や問題点には目を瞑って居た方が、立身出世に得だし、やっぱり甘い誘惑が満ち満ちていて出来ないとあれば、せめて10年ごとに政権交代がないとやっぱりダメだ・・・という結論に行き着く。
ねじれたハートで、日銀総裁に乾杯!
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普段、決して人を傷つける嘘は、つかない性格の僕としては、(・・ということは、つまり・・・人を傷つけない嘘なら日常的に吹いてるってことに通じるわけだけど・・・)(ナンノコッチャ!!)、毎年、かならずやってくる4月1日という日は、一捻りも二捻りもいつも以上に必要だということで、特別の日である。
20代の半ば頃、つきあっていた彼女と食事をして、家まで送る車の中で、時計を見たら夜の11時を過ぎていた。当時は、首都高速も何も無い一般道路。とても、ユーミンのように 「片手で持つハンドル、片手で肩を抱いて・・」 なんてシチュエーションでも全く無くて、ただただ、僕は、彼女が好きで好きでたまらなくて、「好きなんだ・・・」 っていうなら今日、この日だ!っという幾つもの日々をやり過ごしてしまっていて、悶々としていた。そうこうするうちに彼女の家も段々近づいてくるし、決心がつかず(この!意気地なし!)ふと思い出したら、その日は3月31日で、あと数分で4月1日になるのを悟ったのであった。
何が何でも最初の大切な告白が、エイプリルフールその日では、洒落にもならないし、これはとんだパロディだ。ハンドルを持つ手は、汗をかき、こころの動悸は頂点に達し(僕にも、こんな時代があった!)、心に決めてえいや!っと口火を切ったその途端、カーラジオの12時の時報がなったのと同時だった。
うーーん、それにしてもチョー微妙。中途半端な告白・・・。これってエイプリルフール?
でその後、一山もふた山もあって、僕らはめでたく、結婚することはできたのだけど。
25円も一夜にしてガソリン代が下がることを思えば、なんともせつなく、ほろ苦い1日ではあったのだ。
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